第20話 団地でビラ配り(4)〔早希、登場〕

「すみません、遅くなりました」


 古屋さんは、その風体に感じ入ったか、ああ、早希さん……と言ったきり絶句したが、気を取り直して言葉を続ける。


「早希さんは中野さんの紹介で、こないだのフリマにも来ていただいたんですよね」

「はい、中野さんにはお世話になってます」


 ほんとにそう思ってる? と中野さんが茶々を入れると、早希は、


「ええ、ときどきごちそうになってますし……」


と言うとここで笑いが起こり、


「失業中で、お金はないけど時間があるので、今日はお邪魔しにきました。それから、ここにいるジュンさんとは、もう深い仲なんです。何つながり? 病院つながり? ……あ、こんなこと言っちゃダメか。でも久しぶりよね」


と言って私の肩をつかんで揺らしながら、


「今日は来てくれてありがとうね~ ……と、いうわけで、よろしくお願いします」


と締めくくった。

 古屋さんは、これまでの前提が崩れてしまったようで、どう説明を続けるべきか迷っていたが、すると中野さんが、


「いい? これからビラのポスティングをするの。三チームに分かれます」


と、今までの説明を五秒でまとめ、早速チーム分けをすることになった。


 早希が私のそばを離れないのを見て、中野さんは、二人は一緒がいいわね? と言い、早希が、ラジャー! と答える。――その言い方は久しぶりに聞いた。

 次に榎本さんと村田さんがもう一つの組を作る。

 中野さんと古屋さんが最後の組になる。

 打ち合わせの結果、まずは三組一緒に出発し、あとで三手に分かれることになった。


 話が一段落すると、早希は私の袖をつかんで言う。


「ジュンさん、今日はありがとう~。元気だった?」

「早希さんも、変わりないみたいね」


 古屋さんから、出発前にトイレを済ませておくようにと声がかかる。

 あ、あたし行ってくる、と、早希が一人で座を外す。

 残った一同に沈黙が訪れ、続いて笑いが起こる。

 それぞれが出発の準備を始めると、中野さんが私に話しかける。


「今日はありがとうございます」


 いえこちらこそ、と答えると、中野さんは一歩近づいて言う。


「早希のこと、よろしくお願いしますね」

「はあ、私も初めてで勝手が分からないんですが……」

「早希に、あなたみたいなお友達がいるなんて」

「……私みたいなって?」

「なんていうか、しっかりした人のようだし……」


 私が中野さんより背が高く、体力がありそうだからそう思うのか。中野さんは言った。


「気を悪くしたならごめんなさい。早希の取り巻きって、変わったのが多いから」


 私は人畜無害な常識人といったところか。彼女はさらに言う。


「早希、不安なのよ。このところ調子悪そうだったし」

「……私にも不安はありますよ。絶好調でもないですし」


 中野さんは私の目を見て、そうよね、と言った。私は聞いてみた。


「彼女、また腕でも切りましたか」


 中野さんは表情を変えなかった。

 私の長袖の腕に目をやった気もするが定かでない。

 それから彼女は大きな笑みを浮かべて、大丈夫よ、と言った。

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