第20話 団地でビラ配り(3)〔早希に誘われ、活動に参加する〕

 それにしても分からないことが多すぎる。

 私は早希とやりとりを続け、必要な情報を確かめていった。


 ビラ配りというのは、街頭で通行人に配るのではなく、集合住宅へのポスティングのことらしい。

 早希の日記に出てきたFさん――古屋さんというらしいが、その人の勤めている、なんとか支援センターというところがある。そこでは就労を目指す人の支援をしていて、日ごろからボランティアの受け入れもしているのだが、今回は特に手伝いを欲しているとのこと。

 ビラ配りは次の木曜に行い、もし二人来てくれるなら歓迎する、のだそうだ。

 ――少なくとも身に危険が及ぶことはなさそうだ。


 私はとうとう、早希に電話番号も教えた。

 早希は不安そうな声で、どうする? 行ってみる? と、他人任せなことを言う。

 もともとあなたの問題でしょう、と言ってやりたかったが、私も人のことを言えそうにない感じがして、歯切れ悪く、そうね、行ってみようか、と答えた。


     ◇


 木曜日、午後一時に待ち合わせた。

 中野さんからは、暑いので午前中でどうかとも言われたが、昼夜逆転の早希が、「あたしは汗かかないから大丈夫です」と言い張り、午後からの参加となった。


 待ち合わせ場所のコミュニティプラザは、まだ新しい公共施設で、会議室や展示室に、小ホールまで入っている。

 入口を入るとエアコンの効いたロビーのベンチにそれらしいグループが座っていた。早希の姿は見えない。

 三十歳過ぎくらいの女性が立ち上がり、私のほうを見るので、中野さんですか、と問いかけると、森下さんですね、と答えてくれた。


 中野さんは中背のやせ型で、髪の毛を無造作に後ろで結わえている。

 細身のデニムに白っぽいシャツを合わせ、無駄のない身なりとも言えるが、単に面倒くさがりなのかもしれない。


 中野さんも私も、早希はまだですか? とほぼ同時に尋ね、そういうことかと互いに納得したあと、中野さんが私にメンバーを紹介してくれた。


 まずは古屋さんで、中肉中背、やはり三十代だろうか、ワークパンツにグレーのTシャツ、首から青いタオルを下げている。目を輝かせながら、「今日は暑い中ありがとうございます!」と述べる様子は、その格好に関わらず、スーツを着たサラリーマンを思わせる。


 次は榎本さんという小柄な女性で、私があいさつすると、「今日は暑いけど真夏と違って爽やかですよ」と答える。笑顔はあどけない感じだが、黙ると落ち着いていて、年齢不詳だ。彼女は早希の日記に出てきたEさんだとあとで聞いた。


 次に村田さんという女性とあいさつを交わす。二十代半ばだろうか、浅黒くぽっちゃりしていて、癖のある髪の毛を襟元まで伸ばしている。私の目をちらりと見ると、こんにちはとだけ言い、笑顔は見せない。


 最後に古屋さんが、私をみんなに紹介しながら、説明を始めた。


「森下さんは、今日ボランティアとして参加してくれた方です。学生さんですよね? 学生時代が懐かしいなあ……。もう一人、早希さんが来るはずなんですけど、まだのようなので、時間もないから、作業の流れだけ話しておきますね。今日は、皆さんにポスティングの仕事をしてもらいます。私と中野さんを入れて六人なので、二人ずつ三組に分かれるようにしましょうかね。ここにあるビラを、近くにある団地の郵便受けに入れていっていただきます。まだ暑いので、水分を取りながら、無理なく進めてください。詳しいことは、現場に行ってから説明しますけど……」


 とそのとき、いきなり早希が現れた。どこから入ってきたのか、音もなく降ってわいたみたいだ。こないだより髪の色が一段明るく、表情も体つきも少し尖って見える。ショートパンツに長袖のシャツを羽織り、耳にピアス多数、昼間なのに寝起きみたいな歩き方をする。なんだかその姿は、コミュニティプラザのロビーとは高コントラストな印象を与える。

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