第20話 団地でビラ配り(2)〔ガラケーメールで対話〕

 しかし夜中に目が覚め、明け方まで寝返りを打ち続けた。


 五時過ぎにはすっかり明るくなり、そのままベッドを出た。

 顔を洗って、パソコンを開く。早希から別のメールが届いていた。



  ~~~

  ジュンさん、もう寝たのかな……。

  話を聞いてほしくてさ、待ちきれないし、メールで書いちゃうね。

  日記で書いた、例のNさん……中野さんって、いうんだけど、実は彼女から、また誘われてるのよ。

  彼女のNPOの関係だと思うんだけど、人手が足りないから、もう一度手伝ってくれないかっていうの。

  でも困ったことに、何をどう手伝えばいいのか、ちっとも分からないのよ。

  またフリマですか? って聞くと、さあよくは知らないけど、ともかく人手が足りてないみたいだから、あなたどうかしら、ってそういう言い方なの。

  そんな頼み方ってある?(怒)


  嫌なら断ればいい話だけど、中野さんには世話になってるし……。

  なんだか仕事抜きにね、あたしのことをいろいろ気にかけて、親身に話も聞いてくれるわけ。

  あたしどうせ暇だからさ、自分で役に立つなら、一肌脱ごうって気持ちはあるんだけど、でもこないだみたいな目にあうのはゴメンだし……ああでもないこうでもないって、頭がぐるぐる回って、収拾がつかないのよ。

  ……こういうとき、どうしたら、いいのかな。

  ~~~



 彼女にも意外に可愛いところがあるな。私は少し余裕が出て、今度は携帯メールで返信してみた。



  ~~~

  無事充電ができたので、携帯から返信するね。

  まずは何の仕事を手伝うのか、はっきりさせるべきなんじゃない?

  そうしないと、自分が役に立つかどうかも、分からないし。

  ~~~



 携帯でメールを打つのは久しぶりなので、これだけでも長い時間がかかった。

 送信ボタンを押して、そのまま画面を眺めていると、バックライトが静かに消えた。

 窓の外からは早起き鳥の声が聞こえる。時計を見ると、まだ六時半だ……。

 たぶん返事は、すぐに来ない。


 携帯を折りたたんでベッドの上に放り投げる。

 キッチンからパンを持ち出して部屋で食べ、朝の時間を過ごしていると、やがて十一時を回ったころだろうか、携帯の着信音が鳴った。実に久しぶりに聞く着信音だ。



  ~~~

  すごい! ジュンさんから携帯メールだ♪

  ていうか、何時にメール書いてんの? ラジオ体操でもしてる?? 謎の多い人だ~。

  でもジュンさんの言うこと、すごく納得。

  何の仕事なのか、まず聞かなきゃだよね!

  相談してみてよかった~♪ 早速聞いてみるべし!

  ~~~



 きっと彼女は、思ったことをすべて言ったり書いたりしなきゃいられないのだろう。

 小一時間あとに、再び着信音が鳴り、メールが届く。



  ~~~

  中野さんに、即、電話した。すると、すぐ切られてさ……。

  平日だから仕事してんだろうけど、でもかまわずかけ続けたのね。

  切られること数回、こりゃだめだと思ってたら、今度は向こうからかかってきて、何よ、どうかした? って、心配そうな声出してんの。

  いい人だ~。普通怒るよね。


  で、こないだ言ってた次の仕事だけど、あれ何? って聞いてみたら、彼女、そんなことで電話したの?? って聞くから、そんなことって、何よ! あたし、ずっと考えて、眠れないくらいだったんだから! って言うと、彼女ため息をついて、こう言うの。


  「こんどは、ビラ配りをやるのよ」


  ……それ何? 政治活動?? って聞くと、そうじゃなくて、就労支援だかなんだかのために、下請けしてる仕事で、ノルマもあるらしく、とにかく手伝い要員を駆り集めてるんだって。

  まあ、ビラ配りくらいだったら、あたしにもできるとは思うけど……

  でもひょっとして、こないだのメンバーにまた会うんじゃないかとか、いろいろ考えちゃって、どうも気が引けるのよ。

  せっかく声をかけてくれたことに、応えたい気持ちもあるし……あー、決められない、どうしよぅ(汗)

  

  ジュンさんさ、一緒に来ない?

  ジュンさんなら、そういう活動もしっくりくる感じがするし……いや正直、頼めそうな相手は、ジュンさんしかいないの。

  オンリーユーなの♪ ね、そうしようよ!

  ~~~



 私はのけぞりそうになった。

 一緒に来ない? って……そういう話なの?


 でも私は、その申し出を案外冷静に受け止めている自分にも気づく。

 私は一人で過ごす時間を持て余し、彼女と連絡を取った。

 彼女の日記を読んで、代り映えしない自分の毎日を、たぶん物足りなく感じていた。

 心のどこかで、こんな展開を望んでいたのかもしれない。

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