第19話 早希の日記(6)〔そんな日記に、思わずコメントする……〕
その後は、いたって平穏なフリマになったわ。
きっとこれがいつもの雰囲気なんでしょうね。
あたし、それでもちゃんと仕事はしたわよ。
やっぱりこんなところに来るんじゃなかったという気持ちも湧いてきたけど、今さらどこに消えるわけにもいかないし、お客さんとは努めて明るくやりとりしながら、売り子に精出すしか、時間の過ごしようがないじゃない。
そして4時ごろに、どこをほっつき歩いてたのか、涼しい顔したNさんが、相変わらず爽やかなFさんと一緒に、ようやくテントに戻ってきたの。
しばらく何やら情報交換したあと、Fさんは、DさんEさんと一緒に、元気に挨拶をして帰っていったわ。
あたしは、なんとなく異変に気づいたらしいNさんに連れられ、同じくテントを後にしたの。
帰り道、いつになく口の重いあたしを見て、Nさんが、何かあった? って聞くの。
「何かあったじゃないわよ。あたし、やっぱああいうの、ダメ」
「……ああいうのって?」
「あたしには、合わないもん。来るんじゃなかった」
「合わないって何が?」
「あたし、自分のことで精一杯なのよ」
「だから、何かあった?」
それであたし、テントでの自分の振る舞いを、Nさんに話したの。
Nさん、事実関係がいまいち飲み込めなかったようだけど、どっちにしても、たいした問題じゃないと言わんばかりに、天を仰いで笑うのよ。
それじゃあんまりだと思って、そんなにおかしい? って聞くと、Nさん、
「あなたの口は、いつも禍の元なのよ……。まあ、気にすることないわ。そもそも私、もうあなたはテントにいないかもって、思ってたもん」
「何よそれ! あの場合、逃げ出すところも、ないじゃない」
「でもさ、人から何か言われて怒るってことは、相手の言うことを、真面目にとらえてるってことじゃない?」
「だってあたし一人で馬鹿みたい。だからあたし、ときどき壊れるのよ」
するとNさん、あたしのほうに向きなおって、
「saki、今日はありがとう。あなたキレるとときどき手に負えなくなるけど、責任感もあるのね。おかげで今日は、いつもより集客があったし、収益もあがったって、Aさんが言ってたわ。感謝してる」
「よしてよ、あんなやつに、感謝されたくもないわ」
あたしその日は、久しぶりにへとへとになって、家に帰って、シャワー浴びて、冷蔵庫に残った冷食とワインだけ口にして、とっとと寝てしまったわ。
Nさんからは翌日に電話がかかってきた。
ひょっとして、またあたしが何かしら暴走するんじゃないかって、心配になったのかもしれないけど、でもあたしにはあまりに変わった出来事だったから、どんなふうに暴走していいのかも、正直分かんなかったわ。
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……ここまで一気に読み終わると、私はため息をついた。
妙な日記だというのはともかく、それ以上に、どうしてこの人は、こうもやっかいな出来事で、日々が満たされてしまうのだろうと、読んでいる私までもが、重たい気持ちになってしまうのだ。
彼女の日記は、コメントが付けられるようになっていて、いつもは友人たちの感想が二つ三つは書き込まれるのに、今回はコメントゼロだ。
誰もいないことを幸いに、私はコメントを書き込んでみる。
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sakiさん、初めてこっちに書き込みます。
こないだ、Y先生のことで話し合った……私です。分かる?
私も、相変わらずすることがなく、引きこもってます。フリマに駆り出されることもなくね(笑)
……なんだか、大変そうな経験でしたね。
でもそんな出来事があるってこと自体、いつもぼっとしてる私からしたら、驚きです。他人事だからかも、しれないけど。
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そう書き込むと、私は逃げるようにパソコンを閉じて、ベッドの上に寝転んだ。
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