第19話 早希の日記(4)〔早希、濃すぎるメンバーに圧倒される〕

  9月11日

  どこまで書いたっけ?

  そうそう、8人のうち2人がいなくなって、6人で売り子をやることになってさ。


  でもAさんは仕切るばっかりであまり動かないでしょ。

  DさんとEさんは計算が苦手らしく、接客専門になって、それで、細かい販売管理みたいなことは、BさんCさんあたしの3人で交代にやることになったわけ。

  お客さんも思いのほか来てくれたから、そこそこ仕事はあったわ。


  あたし、こういうときって、結構場を盛り上げるのよ。

  特に接客してると、地元でのスナック勤務の経験が顔を出して、妙な話術を披露しちゃうの。


  それが、AさんBさんの、低レベルの会話とマッチしたみたいで、二人とも仕事もせずに、


  「sakiさんの昔の名前はなあに?(注:ゲンジナのこと)」、とか、


  「水割りをください!(注:80年代のヒット曲)」、とか、くだらないことばっかり言ってくるし。


  一方のDさんは、相変わらず不思議な論理展開で、


  「あいつなんかあいつなんか、ハマの酒場で待ってるだけじゃん」とか、意味不明なことをしゃべってる。


  でもあたし、どんな発言でも、とにかく投げられたボールは打ち返す習性があって、どうにか会話が成立しちゃうのよ。


  それを聞いてるCさんEさんは、だいたいは黙ったままで、それでもEさんは、楽しそうに笑ってくれるんだけど、Cさんは、ときどき嫌味を言うの。


  「脚を出した若い子が来ると、男性陣の口数がいつになく多い」、とかね。


  その嫌味が誰に対してなのか、いまいち分かんないんだけど、あたしとりあえず、


  「脚を出してるのは、暑いからでーす」、って解説しておいたら、今度はBさんが、


  「でもそんなに脚出して、なんで長袖着てるんだい?」とか聞くの。


  いいところに気がついたわね。で、それには、


  「二の腕に自信がないからでーす」、って答えといた。


  そのあとは脚とか腕とか、腰とか胸とか、なぜか体のパーツの話題で持ち切りになって、大いに沸いたんだけど、でもこれ、NPOの活動なんでしょ? 体のパーツで盛り上がって、いったいどこを目指してるのよ? って、さすがのあたしもシラケた気分になりはじめたころ、ふとCさんを見ると、彼女も軽蔑の表情を浮かべてるの。


  その軽蔑が、AさんBさんに対してなのか、あたしに対してなのか、やっぱり分からなくて……。


  こういうときは、同性のCさんを味方にしておかないとマズい、と本能的に思ってさ、できるだけ仕事に集中するようにしたの。

  お客さんが来たときは、ちゃんと商品の説明をしてね、Bさんなんてニタニタ笑ってるばかりだから、できるだけCさんに声をかけて、お金のやりとりも記録も、きっちりするわけ。


  そういう仕事ぶりを、最初に指摘してくれたのが、Eさんでさ、彼女、黙ってニコニコしてるだけかと思ったら、こんなことを言うの――


  「sakiさんって、みんなが心地よくなるように、上手に話をしながら、たくさんの品物を、ちゃんと売り上げるのね」


  ――あたし、「そういうふうに見えないかな?」って聞いたら、彼女、


  「もっと投げやりな人なのかと思った」、だって。


  あとで聞いたら、Eさん、あたしよりだいぶ年上らしい。


(注:DさんとEさんは、横浜市からある種の障害認定を受けているらしい)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る