VI. 課外活動
第19話 早希の日記(1)〔冴えない日々が戻り、他人の日記を読む〕
九月に入っても涼しくならない。
朝晩は少し過ごしやすいが、昼間は熱中症情報まで出され、不要な外出は控えてくださいという。部屋に閉じこもってばかりの生活は変わらない。
明け方は気持ちが落ち込む。朝起きたあとは、どこに出かける予定もない自分が嫌になる。おなかがすくと部屋を抜け出し、母を避けつつキッチンからパンやミルクを持ち出す。
部屋で一人座っていると、さまざまな思いにとらわれる。自分の不甲斐なさ、行く末の不安、思い出したくもない過去の出来事……しかし打つ手がないものだから、はたから見ると、ただ座っているだけだ。
例の、頭の混乱もときどきはやってきた。
最初に経験したような、発作的な混乱は起きないものの、ふとした折に、そういえば頭のほうは大丈夫か、と自問してしまい、天井の模様とか、音楽のフレーズとか、気になるものの追体験が始まり、止まらなくなる。
なんであれ、私の頭は常に悩みの種を欲していたようだ。
悩むより前に行動すべきだとも考えてみるが、何をするのか妙案も浮かばす、結局そのまま一日が終わる。
薬がなくなると病院にも行った。
早希が言ってたように、診察時間はだいたい五分だ。吉田先生には、冴えない近況を報告したあと、現状維持のために、とりあえずもう二週間分の薬を処方してもらう。薬には目立った効果も感じられないが、すぐにやめる理由も見当たらない。
早希とは、その後出会わなかった。ただ、ときどき律儀にメールが届く。
――携帯変えました! 番号も変わったよ~。
――コピペで失礼します。サイト移転しました! 新しいテキストも追加しましたので、遊びにきてね。
――お世話になっているみなさん限定。メアド変えました。迷惑メールが多いのと、なんか最近ストーカーチックな人がいるので……。転送しないでね!
こんなふうに、友人に対する一斉送信が多いのだが、ある日私個人に宛てたメールが届く。
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ジュンさん、元気? 最近そっちの病院に行ってないけど、そのうち現れるかもしれないから、よろしくね!
なんかさ、このごろ吉田先生、口数減った気しない? あたし、いろいろ意見を聞いてみたくて、バシバシ質問するんだけど……答えるスキを与えてないってことかな?(爆)
ジュンさんも、あんまり黙ってちゃ、ダメだよ。
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私にはそもそも話すネタもない。
メールに返信しようかとも思ったが、それでうるさく連絡が来るようになると困るし、会うのはもっと面倒くさそうだし、だから彼女の新しいサイトを訪ねてみることにした。
メールに書かれていたアドレスを開くと、"saki's page"と書かれたトップページが現れる。
背景の画像は変わった気がするが、その他のデザインや構成は以前と同じようだ。そもそも引っ越したかどうかは、画面で見るうえでほとんど関わりがない。
"text"のメニューの横に、"New!"のマークがついている。ここが更新されたわけか、と思って開いてみると、なぜかリンク切れだった。大丈夫か、このサイトは?
しかたがないから日記のページを開いてみる。
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9月2日
元カレと別れて二週間。ついに、元カレと出会った職場もやめちゃいました。
顔を合わせるくらいならかまわないけど、妙に未練がましいことを言ってくるんだよね。それで、電話も、メールも、サイトの場所も変えたんだけど……。
まさか、この部屋にまで押しかけてくることは、ないと思う。リアルの引っ越しは、お金がかかるし……。
そんなわけで、このところ、引きこもりの毎日です。
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