第18話 反対側の海へ(4)〔旅の終わり〕

 帰り道に、通りの食堂でわっぱめしを食べた。

 値段を聞いて怯んだが、旅の記念にと堪能したあと、これ以上は資金が続かないのでホテルに退却した。


 部屋に戻ると、アメニティのティーバッグと備え付けのIHヒーターでほうじ茶を作った。

 テレビをつけたがニュースもないしすぐに消した。

 シャワーを浴び、バスローブを羽織ってベッドに横たわる。頭の上で手を組んで、天井を眺めながら考えた。


 海岸で会った人たちは、今ごろ乾杯でもして盛り上がっているのだろうか。

 私はといえば、陸地の反対側までやってきても、やっぱり部屋に閉じこもってばかりいる。

 思いだけが先に立ち、すべてが場当たり的で、どんなビジョンも描くことができない。

 体験することもちぐはぐで身につく感じがしない。

 きっと今私がしていることは、自分の行動スタイルじゃないのだろうと思いつつ、じゃあ何が自分のスタイルなのかも分からない。


 明日はどうしようか。

 ぜひ行きたいと思うところは相変わらずないし、それを相談できる相手も今日はいない。

 こんな近場ではあるが、一人で旅ができるということは、少しは証明できた。それで十分じゃないか。


 翌朝、私は電車に乗って家へと向かった。


 所持金は減る一方だったが、鈍行列車だけで帰ろうとすると乗り換えがあまりに複雑なので、駅であれこれ調べてもらった結果、比較的安い経路を選んだうえで、素直に新幹線を使うことにした。

 東神奈川には、あっけにとられるほど日の高いうちに到着した。


 予告せずに帰宅したため、母は驚き、道中危険はなかったかと尋ねた。

 どうってことない、とだけ答えると、母は、どこに行ったのよと重ねて尋ねる。

 私は、行き先などの事実を伝えたほかは、別に珍しい外国を訪ねたわけでもないからと、土産話もしなかった。


 旅をしたことで、私の暮らしぶりにどうやら目立った変化は起きないようだった。

 何かを悟ったとか、気持ちが鍛えられたというふうでもない。

 むしろ、あのときの経験に懲りてしまったのか、それから私は何年ものあいだ、一人で旅をすることはしなくなった。


 ――その後はどんなに遠い土地であれ、交通経路もおすすめの宿も、インターネットですぐに調べられ、予約も支払いもできるようになった。私の実力が育つより先に、世界のほうが変わってしまったようだ。

 もうあの宿のご主人みたいな人に、行き先を相談することもないんだろう。

 もっともあの宿は、今ではダムの底に沈んでしまったらしいが。

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