第18話 反対側の海へ(2)〔某温泉地→渋川経由→直江津〕

 跨線橋を渡って隣のホームに向かう。

 線路は駅の部分だけが複線で、あとは単線のまま伸びていく。

 駅の周りに集落があり、そこから先は、緑に覆われた山々が奥まで連なっている。

 そんなどこまでも続く風景の中で、自分はなぜこの場所に降り立ったのだろう。


 ホームに下りると日差しを避けて待合室に入る。

 この待合室も木でできていて、壁とつながったベンチに私は腰掛ける。壁には、相合傘、悪口、下ネタなどの落書きがあり、その何割かは、白いペンキで消されている。


 駅員さんがくれた乗り換え経路の紙を取り出し眺めてみるが、複雑で、一度には覚えきれない。

 バッグをベンチに置いたまま立ち上がり、再びホームに出た。

 先ほど駅舎にいた観光客が、跨線橋を渡ってこちらにやってくるのが見える。まもなく電車が到着するのだ。


 ホームの際から線路をのぞき込むと、敷石やレールは思いのほか新しい。この線路が、東神奈川からここまで続き、これから向かう直江津まで延びているんだな、と思い描いてみるが、あまり線路ばかりのぞき込んでいると、思いつめた人と間違われそうなので、ほどほどにしておく。


 やがて遠くで踏切の音が流れ、昨日と同じかぼちゃ色の電車がやってきた。待合室に戻ってバッグを担ぎ、紙に書かれた出発時刻をもう一度確かめてから、停車した電車に乗り込んだ。

 座席はすいていて、日の当たらない側の窓際に座る。一晩お世話になりました――。窓の外を眺めていると、電車が動きはじめた。


      ◇


 今日の私には目的地がある。

 さしあたって行き先に悩むことはないが、一つでも乗り換えを間違えればたちまち迷子になる。

 三回乗り換えるらしいので、各駅の到着時刻を確認し、寝過ごしたりしないよう、その五分前に携帯電話のアラームをセットする。


 相変わらず話し相手もなく、ただ車窓を眺めながら過ごす。

 途中うとうとしかけたが、やはりどこか緊張していて、乗り換え駅が近づくとアラームが鳴る前に決まって目が覚めた。


 乗り換えるときは、経路の紙と、時計と、駅の表示をしつこいほど見比べ、さらに駅員にも確認する。昼にはサンドイッチを買い、乗り遅れないよう車内で食べる。


 そうした心がけのおかげか、三時前には予定どおり最後の乗り換えをして、直江津行きの電車に乗り込むことができた。

 ここはもう新潟県。行き先は終着駅なので、あとは眠ってしまってもかまわない。


 しかしなぜだか目が冴えた。

 トンネルの多い路線で、暗くなった窓ガラスには、サングラスをかけたままの自分の姿が映る。

 トンネルを抜けると眺望が開け、地平線まで続きそうな田んぼが見渡せる。


 車窓の風景が町に変わる。どうやら沿岸を走っているらしい。

 広い空の下、一面が太陽と潮にさらされたような感じは、私が知る海沿いの風景に共通している。

 初めて見る町なのに、ここならたとえ迷っても、どこか行きつく先がある――それはただ、今日の宿が決まっているからかもしれないが、私にはそう思えるのだった。


 いくつかの駅を通過し、川を渡ると、電車は直江津に到着した。

 ホームがいくつもある大きな駅で、まだ新しい駅舎は東京近郊で見るものとあまり変わらない。

 電車を降りたら再び真夏の暑さだ。時刻は四時。階段を上りながら、この先どうすれば汗をかかずにすむかを考える。

 まずは宿に避難することだ……。最短距離でたどり着けるよう、改札で駅員に場所を尋ねてみる。


「すみません、○○ホテルってどのへんですか」

「北口を出てすぐ先です」


 予想外の即答で、たちまち会話が終わる。

 でもすぐ先って、どのくらい先だ?

 改札の外にあった周辺案内図を眺めてみるが、ホテルの場所は見当たらず、縮尺もつかみづらい。


 ……そもそも北口ってどっちだ?

 サングラスを外してあたりを見回すと、前方に「北口」の表示が分かりやすく出ているのに気づいた。

 表示を頼りに連絡通路を歩き、エスカレーターを下って北口に出た。

 高い空から傾きかけた日差しがなお強く降り注いでいる。

 ここからが大事だと思い、売店の女性に再びホテルの場所を尋ねると、指をさして教えてくれた。


「あれです」


 ……なんだ、目の前じゃん。

 それは私でも見逃しようがない、大きなシティホテルだった。

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