第18話 反対側の海へ(1)〔今夜の宿は?〕

 行きよりも帰り道のほうが短く感じられるものだ。


 昨日と同じ風景を逆にたどりながら温泉街を通り抜け、橋を渡って坂道を下ると、やがて駅が見えてくる。

 宿が軒並み満室だというわりには、今朝も人影は少ないようだ。


 木造の駅舎に入ると窓口に近寄り、中をのぞき込む。

 誰もいないので周りを見回すが、待合のベンチに観光客が二人座っているきりだ。

 もう一度窓口をのぞくと、ホームから駅員が戻ってくるのが見えた。昨日と同じ人だ。


「すみません、切符を買いたいんですけど」


 駅員さんは気さくなふうに答える。


「はい、どちらまで」

「あの……高崎に戻って、それから直江津に行きたいんですが」

「ほう、直江津ね」


 駅員さんは、端末をのぞいて電車の接続を調べてくれたが、ふいにこんなことを言った。


「ゆうべの宿は見つかったかい」

「……は?」

「どこも混んでたでしょう」

「はい……なんとか」

「それはよかった」


 駅員さんは端末を操作しながら、言葉を続ける。


「指定席が空いてるようだけど、どうするかな」

「あの……とにかく、安く行けるほうがよくて」

「自由席にする?」

「その……時間もあるので、特急とかじゃなくてもいいんです」

「ほう、鈍行にするかい。すると向こうに着くのは……四時ごろになるけどね」

「はい、かまいません」

「でも宿はあるのかい」

「あ……」


 そのまま絶句した。四時から宿探しを始めても見込みは薄い。

 駅員さんは端末のキーを叩きながら続ける。


「観光協会に早めに電話してみるといいよ」

「なるほど……」

「番号調べてあげようか」


 駅員さんが親切なのは、土地柄なのか、人柄なのか、それとも私があまりに頼りないからか。

 駅員さんは、まず私に切符を手渡すと、観光協会の電話番号と、乗り換えの複雑な経路を紙に書いてくれた。鈍行で行く場合は高崎まで戻らず渋川で乗り換えるといいとのこと。


 礼を言って支払いをし、待合のベンチに座る。

 電車の到着まで小一時間はあるため、私は早速携帯で観光協会に電話をかける。――当時、オンライン予約はまだ一般的でなかったのだ。

 電話に出たのはオペレーター風の女性で、駅の近くのビジネスホテルに空きがあると言って、予約を入れてくれた。

 なんだ、わけないじゃん。なぜ昨日もこうしなかったのだろう。


 待ち時間はまだあったが、私は改札を通りホームに出た。

 昨日ここに着いたときは、ずいぶん切羽詰まっていたっけ……。

 駅舎からは庇が延びていて、その下に木のベンチがある。ベンチの背は駅舎の壁とつながり、白や茶色のペンキが幾重にも塗られている。いったいここで、これまでどんな人たちが乗り降りを繰り返したのだろう……などと思いにふけっていると、駅員さんが窓から顔を出して私に呼びかける。


「あんたのホームはそっちじゃない、反対側だ」

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