第17話 自分の望む風景(1)〔朝食後、お茶をごちそうになる〕
目が覚めたら朝だった。障子の隙間から八月の太陽が細く差し込んでいる。
結局私は明け方近くまで浅い眠りと目覚めを繰り返し、自分の身の上や行く末について、あれこれ考えた気がするが、こうして布団の上に身を起こすと、その内容がほとんど思い出せない。
ゆっくりと立ち上がり、障子に手をかけ少し開く。外の光が一気に流れ込む。顔の前に手をかざし、指のあいだから時計を見ると、七時半を回っている。
朝ごはんは八時までだっけ。
私はふすまを開いて廊下に飛び出した。誰もいないしかまうことはない。
洗面台の冷たい水で顔を洗い、その手で髪を束ねてから、顔にローションを塗る。
部屋に戻って着替えをするが、旅先で衣装は少なく、いつもどおりデニムに長袖のシャツを羽織った。
階段を駆け下り一階の広間をのぞく。十数畳ほどの和室で中央に座卓があり、その上に白い布をかぶせた朝食が準備してある。奥の部屋に向かって声をかけてみる。
「おはようございます」
やがて奥からご主人が顔を出す。
「ああ、ずいぶんゆっくりしましたね……。いえ、いいんですよ、夏休みですから。どうぞお座りください」
時刻は八時直前だった。少しかしこまって腰を下ろすと、ご主人が食卓の白い布を取り除く。
焼き魚、玉子、煮物、漬物、梅干、焼海苔。質素だが私には十分だ。
奥から女将さんが現れ、お櫃と味噌汁を運んでくれる。
「よく眠れましたか」
「おはようございます……。すみません、遅くなりました」
「お疲れだったんでしょう。どうぞ召し上がってください」
ご主人も女将さんも、それきり奥に引っ込んでしまった。
広間も静かで、今朝はテレビの音も聞こえてこない。
一人黙って食事をしていると、切迫した気持ちや、とりとめのない考えが次第に消えていくのを感じる。朝という時間の力なのだろうか。
味覚も冴える感じがして、一品一品噛んでみると、魚よりむしろ漬物が上等だと思った。
食べ終わるころ、ご主人が再び顔を出した。
「どうです、ご一緒にお茶でも飲みませんか」
「お茶、ですか?」
「よろしければ、奥の居間にいらしてください。狭いところですが」
今は不思議と気づまりを感じず、素直に立ち上がり、ご主人に続いて居間に入った。
中では女将さんが座卓に向かって帳面をつけていて、老眼鏡ごしにこちらを見上げて言った。
「座ったまますみません」
「いえ……ごちそうさまでした」
「お粗末さまです」
「あのお漬物は、自家製ですか」
「ああ、あれは裏で漬けてるんです。普段は二人であまり減らないから、よく漬かってるでしょう」
「なるほど……」
「どうぞお座りください」
居間は六畳ほどの和室で、茶箪笥、テレビ、薬箱、西洋人形などが並んでいる。
腰を下ろし、座卓に脚を入れたら何かに当たった。のぞき込むと、コタツの赤外線ランプだった。
後ろからご主人が言った。
「それコタツなんですよ。コタツの時期が長いから、夏もそのまま使ってるんです」
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