第15話 温泉地で宿を探す(3)〔2軒目〕
「はい、なんでしょうか」
「宿を探してるんですが……空き室はないでしょうか」
彼は少し面食らった様子を見せたが、私の目をまっすぐ見てこう言った。
「いえ、今日はいっぱいですね。予約をせずに来たわけ?」
「……そうです」
「度胸があるのはいいけど、夏休みだし、このへんはどこも空いてないと思うよ」
ずいぶんはっきりと言ってくれる。
返す言葉もなく、はあ、とだけ答えると、彼は言葉を続ける。
「でも、もうこの時間だし、困るでしょ。電話をかけて聞いてあげようか」
「いいんですか? お願いします」
私の声に必死感があったのか、彼は少し表情をやわらげ、「うちで泊めてあげられればいいんだけど、今日はほんとにいっぱいだから……」などと言いながら、ポケットから携帯電話を取り出し、地元の同業者に電話をかける。
「もしもし、○○屋ですけど、お世話になります。今日お宅に空き室はありますかね……」
地元の旅館同士、ふだんからそうしたやりとりはあるのだろう。慣れた感じで話をするが、残念ながらそこは満室のようだった。彼は私をちらりと見ると、すかさず次の宿に電話をかける――。
そして彼は手際がよかった。
次がダメならまた次と、電話をかけ続け、あっという間に、付近の四、五軒の宿がすべて満室であることを突きとめてしまった。
そもそも駅に掲示されていた宿の一覧にも、四、五軒しか載っていなかったように思うが……。
彼は少し迷ったあと、さらにもう一軒電話をかけた。
電話の向こうから呼出音が聞こえるが、誰も出ないようだ。
しばしの沈黙のあと、彼は口を開いた。
「だめだね、どこもいっぱいだ」
私は頭から血が引いていくのを感じた。
「最後に電話をかけた宿は、いつもだいたい空きがあるんだけど、今は電話に出ないみたい」
「……なんていう、宿なんですか?」
「○○楼っていうんだけど、ちょっと遠いよ」
「今日は休みってことは……ないですよね」
「それはないよ。夏休みで、書き入れ時だしね。商売っ気が薄い宿ではあるけど」
そう言いながら、彼はもう一度電話をかけてくれたが、やはり応答がない。
「おかしいね。買い物にでも行ってるかな」
「……どこにあるんですか? その○○楼は」
「行ってみるかい? その価値はあるよ。遠いぶんだけ、いつもすいてるしね」
なんだか、早く話を切り上げたいような口ぶりだ。
ここで見捨てられたら困るし、私は藁にもすがる思いで、○○楼の場所と電話番号を教えてもらった。
丁寧にお礼を言い、玄関を出て、再び歩き続けた。
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