第15話 温泉地で宿を探す(2)〔1軒目〕
そろそろ宿があるあたりだろうと思い、歩き続けると、道沿いに瓦屋根の旅館が見えた。引き戸の玄関が民家のような趣だ。
辺りは静かで、ここに自分が立ち入っていいものか迷うが、思い切って扉を開く。
土間にはいくつかの靴と、宿泊客用の草履が並んでいる。誰もいない。
「すみません――」
サングラスを外して声をかけるが、答えはない。
「すみません――」
奥のほうで人の気配がし、エプロン姿の女性が現れた。
まだ若く、私とそれほど年が離れていないように見える。夏休みで帰郷し、仕事を手伝っているオーナーの娘さんといったところか。
「はい、なんでしょうか……」
「あの、宿を探してるんですが……空いてますか?」
彼女は何か失態でもやらかしたような表情になり、こう言った。
「いえ……今日はもう、満室なんですが」
私が絶句すると、彼女も絶句した。
「……そうですか。ですよね……」
ようやく言葉を返すと、彼女は同情に満ちた目を向けて答えた。
「すみません……」
そんなふうに謝られるとこちらがつらくなってくる。
私は一礼してから、回れ右をして外に出た。
◇
通りに戻って次の宿を探す。
電柱に「旅館○○屋、この先左折」という表示があり、それに沿って狭い路地を進むと、民家や空き地が続いた奥に、宿屋らしいものを見つけた。
白い壁と大きな窓に、赤い屋根が洒落ているが、近づいてみたら、長年の風雪でだいぶ外壁がくたびれている。
入口の引き戸を開けるには多少の力が必要だった。
土間の横には下駄箱があり、奥にカウンターと小さなソファがある。
やはり誰もいない。
「すみません――」
何度か声をかけたが、人の気配がない。
ただ立っていると不安になるので、私は思い切って大声を出した。
「あの、すいません!」
その馬鹿声が功を奏したか、二階から人が下りてくる音がする。
姿を現したのは、四十歳前後の男性だった。
この宿の主人だろうか、小柄だががっしりした体格で、すべてを仕切っているのは自分だという自信を漂わせている。
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