第15話 温泉地で宿を探す(1)〔高崎→吾妻線→某温泉地〕
高崎駅での待ち時間をなんとかやりすごすと、私は吾妻線に乗車した。
吾妻線の車両は、湘南電車のようなかぼちゃ色だが、窓から海は見えない。
町を抜けると、山々の緑を分け入るような風景になり、やがて見えてくるのは川だ。
海沿いの路線とは空気も違うようで、虫やケモノといった生き物の気配を、窓を通しても感じる気がする。
このへんで一人置き去りにされたら、きっと困るだろうな。
それでも沿線には民家があり、田畑があり、人の生活が営まれているのが見える。
午後一時を過ぎた。
私はまもなく、この風景のどこかに降り立たなければならない。
これからどうする? まずは宿を探さなきゃ。
でも今日は土曜日で、世間は夏休みだし、空き室があるだろうか……。
そもそも、いきなり行って泊めてくれるもの? 早くめどを立てたほうがいい。
このまま日が傾き暗くなったら……下手すれば木の下で野宿だ。
やがて時刻は二時を回った。
はからずも、母にでまかせで宣言した目的地の付近にやってきた。
宿を見つけるには観光地のほうがいいと思い、私はある温泉地の駅で下車することにした。
その後ダムの底に沈んだあたりだ。
小さな木造の駅だった。
子どものころ、両親に連れられて帰った生まれ故郷の岡山で、こんな駅舎を見た気がする。
ホームには「ようこそ」の文字があり、外の人間を迎え入れる雰囲気はあった。
高崎よりだいぶ涼しく、活動するには好都合だ。
私以外にも観光客らしき数人がいたが、どこに行くんだろうと様子をうかがっていると、楽しげに話しながらどこかに歩み去ってしまった。
取り残された気になって、私も改札を出る。改札ではICカードが使えず、現金で運賃を支払わされた。
改札の外は小さな待合室になっている。時刻表、観光ポスター、指名手配のお知らせなど、さまざまなものが貼り出してあるが、すべてアナログで、ICカードどころか券売機すら見当たらない。
その中に、温泉街の案内図と宿の一覧がひときわ分かりやすく掲示されている。電話番号も出ているが……さてどうしたものか。
「宿か?」
うしろからふいに声をかけられた。さっき運賃を払った駅員さんだ。
「ええ……まあ」
「今日みたいな日は、空いてるかね。最近宿も減ったし」
「まあ……大丈夫です」
全然大丈夫じゃないのだが、困っているところを見せたくない思いが先に立った。
強がってる場合なのか?
温泉街まで歩いて十分ほどだというから、考えるより先に、とにかく行ってみることにした。
駅舎を出るとサングラスをかけ、温泉街に向かって通りを進む。
小さな木造の商店が散在し、いくつかは閉店してしまっているようだ。
旅に出たのだから、私はせめて旅情を感じようと努めた。
テレビの旅番組なら、沿道の店でだんごでも食べるところだが、今は懐が寂しい。
過去に読んだ旅行記の類で、旅情を高めてくれそうなものはないかと探したが、なぜか思い浮かぶのは、南極やら熱帯やらを行く勇ましいものばかりで、関東の温泉地には参考にならない。
そのとき思い出したのが、いつかサトコが貸してくれた、「りぼん」か「なかよし」に載っていた漫画の一場面だ。
ヒロインの女の子が、仕事だか恋愛だかで傷心し、冬の雪国を放浪している。
身を切るような寒さの中、自暴自棄になりかけたころ、鄙びた宿に流れ着く。
白髭を生やした宿の主人が、都会から来たヒロインを、珍しいガラス玉でも見つけたように、大切に迎え入れてくれる……。
ふと気づくと、温泉地を歩くわが身の現実は、お話とはだいぶ違っている。
辺りは雪国どころか、蝉が鳴いているし。
その先で橋を渡り、しばらく歩くと、やがて温泉街のゲートが現れる。
大きな金属製のゲートで、「歓迎、***温泉」と書かれている。
週末なのに人影は少ない。
ゲートの先に共同浴場がある。時代劇で見るような純和風の作りで、駐車場に停められた車に、洗い髪の家族連れが乗り込もうとしているのが見える。
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