第14話 旅に出る(3)〔高麗川→高崎〕

 列車が動きはじめる。

 ここから先は電化されていないらしく、ディーゼルエンジンの振動をシートごしに感じる。

 サングラスをかけたまま、ぼんやり車窓を眺めると、家、道路、田んぼ、林といった風景が続いている。

 本も読まず、携帯を見るわけでもなく、話し相手もいない。


 高崎までは約一時間半。行き先はなお定かでないが、列車に乗り込んだ以上、しばらくは悩む必要もない。

 すると頭の中で、とりとめのない自問自答が始まる。



  ほら、あそこに座ってるあの子。

  誰?

  サングラスをかけた子よ。

  ああ、夏なのに長袖を着た?

  紫外線防止かな?

  まだ若いのにね。

  たった一人で八高線の旅?

  夏なんだから、海にでも行けばいいのに。


  ――うるさいな、私、横浜から来たのよ


  へえ、横浜から……

  その列車で、どこに行くの?


  ――行くあてなんて、ないのよ


  行くあてもない。

  することもない。

  友達もいない。

  恋人もいない。



 自分で自分に腹が立ったが、八つ当たりする相手もいないので、しかたなく自分の膝を叩く。

 エアコンが寒く感じられ、シャツをもう一枚羽織った。

 外から乗り込む人は、大げさに汗を拭いたり、うちわであおいだりしているのだが。


 長い道中、なるべく時計は見ないようにして過ごす。

 やがて窓の外に建物が増え、その規模も大きくなってくると、時間の経過からして、終点が近いと悟る。


「まもなく高崎に到着します」


 車内アナウンスが流れ、時計を見たら、驚くべきことにまだ午前中だ。

 どんだけ早起きしたんだ、私は?


 高崎は、新幹線も止まる大きなターミナル駅だ。

 列車を降りるとホームは熱帯のようで、私はエスカレーターを上り、少しでも涼しいところへと避難する。

 そしてすることといえば……再び路線図を眺めることだ。

 もうこのパターンにも疲れてきた。どうせ飛び切りのプランはないんだろ? 地図や時刻表を読む能力もない。


 でまかせで母に言った仮の目的地は、草津の方面だ。そちらへ向かうには、吾妻線というのに乗る必要があるらしい。

 時刻表を見ると……やっぱり待ち時間が一時間ほどあるようだ。


 もうパニックは起こらなかった。

 かまうもんか、待つなら待ってやれ!

 大きな駅だし、時間をつぶせるところくらいあるだろう。

 相変わらずノープランのまま、私はとにかく熱中症にならないことだけを考えて過ごした。

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