第13話 金策と行動(2)〔プランの描けない頭〕
翌日、私は横浜にある中古カメラ店に向かった。
カメラを売るなら、専門の店に限ると、これも従兄に聞かされていたのだ。
インターネットからプリントアウトした地図を片手に、店の前までようやくたどり着くと、ショーウィンドウには、私の人生とはなんの関わりもなさそうな、いろんな形の中古カメラが、黒や銀や黄銅色の光を放ち、医薬品か元素記号みたいな商品名の札と一緒に、ずらりと何段にも陳列されている。
ドアを開けて店の中に入ると、今度はカメラのにおいを感じた。無機質なメカから空気に溶け込むどんな物質があるんだろう?
カウンターの奥では、店員の男性が、やる気があるのかないのか分からない様子で座っている。
「あの、カメラを売りにきたんですが――」
男性は意外そうに私を見た。珍しいタイプの客なのだろう。
肩に担いだバッグから、カメラと望遠レンズを取り出し、カウンターに乗せると、男性はさらに驚いた顔をした。
「いいもの、持ってますね――」
私はその後の人生でも、こんなセリフを言われる機会はあまりない。
男性はしばらくカウンターの上でブツを確認したあと、奥の部屋に入って査定を始めた。
私は店内に一人取り残される。しかたがないからあたりを見回すと、壁一面に備え付けられた陳列棚の隙間に、カメラメーカーから届いたらしい新製品のポスターが貼ってある。
高速オートフォーカス、多分割測光、などと書かれた商品イメージの上に、私と同年代の女性モデルが、フレンチスリーブの両腕で体を抱えながら仁王立ちし、口を開いて笑っている。
金属質なカメラに囲まれて、不思議な色気を放つ彼女の姿は、私には、カメラと同じように縁遠く見えた。
やがて男性が戻ってくると、査定額を紙に書いて示してくれた。
――今度は私が驚いた。私がもらっていたバイト代から考えても、法外と言えるほどの額だ。
男性は、「意外な人から意外な名機が出てきたので、ちょっとオマケしときました」と言う。
人生の機微と、世界を見る目を教えてくれた、サトコと従兄に感謝しなければならない。
◇
資金が手に入ると、今度はプランを立てなければならない。
私は次の日、なんの考えも持たないまま、近所の本屋に行った。
私が手にしたのは、「関東甲信越の一人旅」という旅行ガイドだ。私の所持金や実力から言って、到達できるのはこの範囲だろうと思ったからだ。
しかしこの手の本を読んだ経験はあまりないし、何をどこから見ればいいのかも分からず、カラフルにレイアウトされた文字も写真も、少しも頭に入ってこない。ピンと来ないのだ。
私は本を開いたまま考えた。右に行くのか左に行くのか、どっちなんだ――?
私の住んでいる東神奈川から電車に乗るとすると、まず東京方面の北行きは避けておきたい――それじゃ通学路と同じだ。
かといって、東海方面の南行きもどうか――それもなんとなく遠足や臨海学校を思い出させる。
じゃあ内陸に向かおうか――。
東神奈川は、もともと内陸と横浜を結ぶ起点だったはずだ。
しかしこれまで私の生活の中で、内陸に向かう理由も機会もほとんどなかった。
巻末にある地図を開いてみると、南行きや北行きの経路は、まだ頭の中にイメージできるが、内陸の方面は、どんなに眺めてみても、そこに盲点でもあるように、まったく情報をとらえることができない。
私は目を近づけて、内陸の路線を一つ一つたどってみる。
見えていないわけではない。それを確かめるように、私はそこに書かれている、聞いたこともない地名のいくつかを、声に出して読み上げてみるが、まるで外国の地名みたいに脈絡がなく、記憶に留めることも難しい感じがする。
それで私は、素直にお金を払って本を買い、家に持ち帰ることにした。
家に帰ってからも、何度か本を開いてみたが、やっぱり何一つ情報を読み取ることができない。
ただし本を手に入れたことで、決意と機運が高まったことは確かだった。
私は次の日、母にその決意を伝えた。
「旅に出るわ――」
母は私の言ったことが理解できないようだった。
私は、旅は父に勧められたこと、バイト代の残りがあるのでそれを使うこと、たぶん数日で帰るから心配はいらないことを説明した。
「で、どこに行くの?」
母に聞かれて、私は自分がいまだにノープランであることに気づいた。
私は地図から記憶しようとした内陸部の地名の中で、頭に残っていたものをとっさに口にした。
母は首をかしげた。旅先として、だいぶマイナーな地名だったのだろう。
私は言った。
「やだ、知らないの?」
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