第13話 金策と行動(1)〔拳銃、じゃなくてカメラ売ります〕
父が赴任先に帰り、同じ日常が戻ってきた。
父を異物のようにも思い、避け続けた私だったが、いなくなってみると、日々の単調さがひときわ感じられるようだった。
父を避け閉じこもっていたおかげで、しばらく全く外出していなかった。それを見た父は、やっぱりあいつはかなりの出不精だ、という確信を深めてしまったろうか。
父に言ったように、私は外に出ることをことさらに避けていたわけではない。
昨日も今日も、閉じこもりっぱなしの事実に変わりはないが、私はそこでのほほんとしているわけではなく、同じ日々の繰り返しに言い知れぬ焦りを感じたりもするし、新しい世界との出会いにあこがれたりもする。
私は部屋の中で何もせずに打ちひしがれているだけの存在じゃない。広い場所や人込みだって平気だし、高校の合宿では宿や電車の手配も任されていた。いざとなれば、いつだって外の世界に飛び出すことができる――。
どうやら私は父の言っていたことに、ずいぶんとらわれてしまっていたようだ。
母に対しては、家でゴロゴロしている姿を平気で見せているくせに、父には弱みを悟られたくないと思う。
たまにしか会わない父だから、その評価を余計に気にしてしまうのか、それとも、父と自分をどこかで比べ、対抗しようとでもしているのか。
私は自分が、広い空の下、見渡すかぎりの大平原に、すり減った靴を軽々と運びながら、遠い地平の向こうまで、自由気ままに歩いている姿を思い浮かべた――。
それは何かの歌の文句の焼き直しのイメージだったかもしれないが、とにかくそうした行動が、今の自分を解き放し、変えてくれるのかもしれないし、それを妨げる条件も、私の周りに何もないはずだ。
だったら今の私が、自分自身の足でどこまで到達できるのか、そこでどんな風景が見えるのか、確かめてみるべきではないか――。
そんなふうに思うようになったのだ。
やがて私の中に、それまで眠っていた不思議な行動力が、じりじりと湧き上がってくる。
私はここでこんなふうに座っているばかりでいいのか?
私はふいに立ち上がり、部屋の中を歩き回る。
今の私に足りないものはなんだ――?
いや、私の知識とか経験とかいうことよりも、何より行動するためには――まずお金が必要ではないか?
私は次にベッドに腰掛ける。
バイト代の残りはあったが、いざというときのために、これにはできるだけ手を付けたくない。かといって、再びバイトする気力もないし、借金のできる相手もいない。
そういえば、高校のクラスメートが、小遣いを稼ぐために、自分の下着を売ったとかいう話を、まことしやかにしていたっけ。
ただ私には、それを真似ようにも、気の利いたブツもなければ才覚もない。
いや待てよ――私はふと思いついた。いつだったが従兄がくれた、カメラがあったはずだ。
簡単に経過だけ説明しておこう。
まず中学校のクラスメートで、漫画家志望のサトコという子が、「あなたはこれで人間関係の機微を学びなさい」と言って、ママレード・ボーイ全八巻を貸してくれた。
その後なかなか読む機会がつかめずにいるうちに、そのまま卒業してしまい、返す機会も永遠に失われた。
ある日、岡山の従兄が横浜のわが家を訪ねてきて、私の部屋で、たんすの肥やしならぬ、本棚の肥やしになっていた全八巻に目を留め、意外な関心を示した。
「あれ? これって――」
従兄は一冊を手に取って開き、お? と言いながら、サトコが付けたと思われる、紙面のシミや汚れにまで反応している。
そしてほとんどまばたきもせず、指先でページを繰っては、鼻先を埋めるように見入っている。
試しに、「欲しければあげるわ」と言ってみると、従兄は、「……いいの?」と答え、ひどく感激しながら、全八巻を布で包んで持ち帰った。
そのしばらくのちに贈られたのが、このカメラだった。
従兄によれば、このカメラは八十年代の報道関係者が世界中で愛用した名機で、「君もこれを使って世界を見る目を養ったらいいよ」とのこと。
ただ私にとって、このカメラはちょっと重くて大げさだ。
試しに使ってみると、十二枚撮りのフィルムがすべてピンボケになり、以来、全八巻に代わって、棚の肥やしになっていたのだ。
久しぶりに取り出してみたら、なんだか銃器を思わせるような重厚さがあり、ボディのヘリの部分が少し擦れて、真鍮の地がむき出している。
しかも、存在自体を忘れていたのだが、ご丁寧に望遠レンズまで付属している。
◇
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