第5話 休学手続き〔ケジメ、自由、衒い、自意識〕
一人で過ごしていると、自然と遅寝遅起きになる。
ただ生活のリズムの乱れからか、なぜか明け方には目が覚める。
時折ベッドの中で、この数か月に起きたさまざまな出来事の記憶が、それこそ雪崩を起こしたみたいに押し寄せてくる感じがする。そんなときは、音楽をかけるか、ラジオをつけてやり過ごす。
朝起きたら、とりあえず自分の部屋を出て、一階のキッチンに降りる。冷蔵庫を開けてミルクかジュースを取り出し、パンでも冷ご飯でもあるものを口にする。
居間のテレビをつける。母はすでに家事をしている。
単身赴任中の父は、私が学校を休んでいることを聞くと、あなたの思うようにしなさい、とだけ言った。母が私の状況を説明してくれているようだ。
寝坊をしても、何もない一日は長い。だんだん居間にも居づらくなり、食事をする以外は、二階の部屋にこもるようになった。
部屋では、音楽を聞いたり、肩の凝らない本を読んだり――それもすべて家にあるもので済まし、新作を取り寄せる意欲も理由もお金もない。
当時、身近な人との連絡方法は、携帯やパソコンのEメールが中心だったが、私には連絡を取る相手がいない。外に出て誰かに会うこともないし、何かの催しに参加することもない。
ただ私の場合、外に出ることが怖いという感覚はなく、むしろ大学生活での差し迫ったストレスがなくなると、家に閉じこもっていることが、次第にやりきれなくなってくる。とはいえ授業を休んでいる以上、むやみに外を出歩くわけにもいかない。
それで私は、ズル休み、という宙ぶらりんな状態から、とりあえず抜け出せるよう、正式な休学の手続きを取ることにした。
手続きにはキャンパスの教務課に出向く必要があるようだ。私は時間割を調べ、必修科目がなく、クラスメートたちと顔を合わせる可能性が低い、火曜日の午前中を選んで出かけた。
しばらくぶりに目覚ましをかけて早起きし、いつもより少しカジュアルな服を選び、まだ期限が残っている定期券で電車に乗る。
最寄り駅を降り、キャンパスに続く商店街を歩けば、自分が今も学生であることを実感する。
そんな姿を誰かに見られないよう、ややうつむき加減に進むと、やがてキャンパスに到着する。
人通りの少ない西門から入ろうとも思ったが、それも卑屈な感じがして、少しひやひやしながらも、正門を通った。
校舎に入り廊下を歩くが、学生の姿はない。教務課の部屋に入ると、受付にさえ人がいない。
「すいません――」
と声をかけるが、まるで反応がない。
少し声を上げてふたたび呼びかけたら、やがて奥のほうで人の気配がしたと思うと、グレーのスーツを来た女性が顔を出した。私の顔を見ると、少し間をおいてから、はい、とだけ言った。
「あの、電話した、森下です……。文学部一年の」
「……はい?」
「先日、電話しました、休学の、届けを出したいという、森下ですけど」
「書類と学生証は持ってきました?」
彼女はいきなり本題に入った。
持ってきました、と言うと、なら早く出せ、という空気を感じたので、慌ててバッグから取り出す。――書類はあらかじめ送ってもらっていたのだ。
彼女は学生証と書類を順番に手に持ち、無言で目を通すと、
「しばらくお待ちください」
とだけ言い残し、とっとと奥に消えてしまった。
静寂が戻る。
教務課の壁には、もう私には関係のなくなった、学生向けの学務上生活上の注意事項がさまざま貼り出してある。学会や就活関連のポスターもある。
そんなうるさいほどの情報に取り囲まれながら、時間が経過し、書類に不備でもあるのかと不安になりはじめたころ、彼女が受付に戻ってきた。
「書類は受け付けました。正式に受理されましたら、通知書をお送りします」
彼女は結論だけ言うと、もう用件は済んだいう感じで私を見ている。
「……手続きは、これだけですか?」
「あとは通知書をお送りします」
会話は終わっていた。教務課をあとにし、正門を出た。
◇
電車に乗ると、すぐに東京を離れた。
梅雨はまだ開けないが、今日は薄日が射している。自分なりの区切りはつけたと、その薄日程度には晴れやかな気分になった。
しばらくぶりに外を歩こうか――。
でも私には何のプランもない。今は街の雑踏を歩く気分でもないので、私はひとまず東京湾岸を離れ、隣の相模湾のほうまで行ってみることにした。
東神奈川を過ぎ、横浜駅に着くと、海沿いを行く電車に乗り換えた。
もう七月だから、海岸はそれなりに活気があるんだろうな。沿線には公園や牧場もあったはずだ。でも行ってどうする? ソフトクリームでもなめるのか――?
プランはなかなか決まらないが、このまま電車に乗っていると熱海まで行ってしまうので、とにかく次の駅で下車してみることにした。
駅舎を出ると、ここにも人はいた。
仕事してそうな人、観光してる風な人、住人らしき人――。
私はここで何をする?
目の前を、サーフボードや釣竿を抱え、談笑しながら歩く人たちがいる。きっとこの人たちは海に向かうのだろうし、それは鳥が空を飛ぶのと同じくらい、あたりまえのことなんだろう。
私がこの人たちの後に続くことは、考えにくい気がした。
ふと横を見ると、バスが停まっている。海とは別方面の、公園に向かうルートのようだ。
「まもなく発車します」
じゃあ、こっちだ。私は消去法で判断し、バスに飛び乗った。
バスはすぐに動き始める。平日だから客はまばらだ。
車内に備え付けてある観光客向けのチラシを手に取ると、辺りには土地の文化人の私邸や記念館などがあるようだが、今の自分には縁遠い感じがする。特別な
私は誰に招かれたわけでもない。やってきたのも一人だし、帰るときもたぶん一人だ。
バスは高台を上っていく。駅から少し離れると、たちまち草木の密度が増して、遠い山村にでもやってきたような錯覚に陥る。
バスが速度を緩め、停止する。乗降客がいるようだ。窓の外を見ると、雑木林があって、その木々のあいだに、細い道が奥まで続いている。太陽の位置のせいか、その道だけが白く明るい。
「あ、降ります」
私は声をあげて、料金を払うと、車外に飛び出た。
バスが走り去って一人になる。辺りに住人はいるのだろうが、今はその気配も感じられない。そのへんの物陰で倒れたら、軽く数週間は発見されずにすみそうだ。
朝方より日差しが強くなっているが、湿度が高く、澄んだ感じはしない。
車道を離れ、木々の間に見えた細い道を進む。外から見ると明るかったその道は、実際には深い緑に光を遮られ、洞窟を思わせるような潤いを含んでいる。
このトンネルがどこまで続くのかと思っていると、二、三度蛇行したところで、いきなり視界が開けた。小さな畑や、雑木林が続き、その向こうに遠い町があり、海が見渡せる。
私は立ち止まり、珍しく少し高揚した。自分が期待していた風景と近かったんだろうか――。
もう少し海の見える位置に行こう。私は再び歩きはじめ、頭の中でさまざまな音楽を鳴らして口ずさんだ。
私を取り巻く鄙びた風景が、近しいものに感じられる。それは私が暮らしたことのない、生まれ故郷の風景に似ていたのかもしれないし、いつか美術館で見た、ヨーロッパの古い農村に似ていたのかもしれない。
雲間から届く日差しで暑さを感じる。
私は、自分のギスギスした体つきに、コンプレックスとまではいかなくても、進んで人目にさらすものでもないという意識があって、よほどの酷暑でもないかぎり、必ず袖のあるシャツを羽織るようにしていたが、このときは、どうせ誰も見ていないし、汗もかきたくないから、思い切ってシャツを脱いだ。
すると風を感じた。
さわやかというよりは、生暖かく、ほてりはじめた体になじむ感じがする。自分の体温や、呼吸や、血の流れを意識する。朝に髪を洗った、なんとかコロンシャンプーの香りも感じる。
私は自分の体と、周りの風景が、どんなふうに関わりあうのか、実はよく分からなかったが、今はそんな意識も含めて、ひとまずすべてを肯定しておいていい気がした。
私は一人で、こんな高台までやってきた。だからこそ、今は誰にも邪魔されず、あんな遠い町や海まで独占できるんだ。今私の一番近くにいるのは……あの町の家々や、海に浮かぶ船の中にいる人たちじゃないだろうか。私は今、こんなにも自由だ……。
気づいてみると、私は海を見渡すどころか、再び雑木林の中に紛れ込んでいた。
恐らく自然のままに育った木々は、私の身の回りでは見たこともないほど背が高い。目線を下すと、周囲には灌木や雑草がなんの秩序もなく絡み合っている。
ケモノの気配は感じないが、こうしているあいだにも、無数の羽虫が、シャツを脱いだ私の体に衝突する。
身の危険を感じるわけではないが、それでも周囲の生命力に、一人で向き合うことはしんどい気がした。
目の前のうっそうとした草木は、たぶんほとんどが一年草や落葉樹だが、なんだかいつまでも芽吹いて茂り続けるんじゃないかと思えるほどの勢いがある。
―― evergreen
しばらく英語なんて読んでいない私の頭に、ふと浮かんだのがこの言葉だった。
アオハルっぽい連想だろうか?
この言葉は、よく歌の文句や団体名なんかに使われているのを耳にするが、たぶんその多くは、今くらいの時期の、豊かな緑をイメージしているんじゃないだろうか。"love is evergreen"などといったときに、雪に押しつぶされている高山の這松を思い浮かべる人はあまりいない。
でも本当は、常緑樹の特徴が一番現れるのは真冬だろうし、辛い季節に耐えるからこそ、日本語で「ときわ」と言ったときのように、強さや神々しさまで感じさせるのではないか。
そういえばいつだったか、例のヨモギが授業の中で、常緑を意味する"à feuilles persistantes"というフランス語について解説していたのを思い出す。
彼が言うには、この中にある"persistant"という語には、頑固な、しつこい、消えることのない、いつまでもつきまとう、という意味合いがあって、それは不安とか、痛みとか、植物状態を形容するのに使われたりするらしい。色褪せないことは、時に堪えがたい重荷にもなるということか。
羽虫をよけながら歩くうちに、ようやく雑木林から抜け出て、再び眺望の得られる場所にやってきた。
ところが私は、辺りの風景への関心を、早くも失いはじめているのに気づく。私は方向感覚が弱いし、自分の姿を俯瞰でとらえる習慣はあまりないが、どうやらこのとき、離れたところから自分に向けられている視線があるような気がした。でも私は一人きりだし、自分を見ていたのは、たぶん自分なんだろう。
私はこんなところにやってきてさえ、やっぱり自分のことばかり考えている――。
ひょっとして、私はこれから命あるかぎり、絶えずこうして自分を見つめ、問い続けなければならないんだろうか――。
私は息苦しさを覚え、自分をそこから解き放したいと思った。それで私はその方法を、やっぱり頭で考えた。
一つは、私がこの風景いっぱいに広がって、遠くに見える町や、海の中にまで、溶け込んでしまうことだ。
一つは、木々のあいだで分解されて、土になってしまうことだ。
もう一つは、自分の体を抱きしめ、泣き崩れてしまうことだ。
……どれもありそうにないと思った。
それでも私は、ここしばらくでは例のないくらい、自由だったことは間違いない。ようやく私は、あの仲間たちから逃れられたところなんだから。
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