冬の音を聴かせて(由衣)

帆尊歩

第1話 冬の音を聴かせて(由衣)

クリスマスなんて大嫌い。

と由衣は思った。

別に今、由衣がサンタクロースの格好をしてクリスマスケーキを売っているからと言うことではないし、彼氏の陸人が最近冷たいからと言うことでもない。

元々クリスマスなんて、という思いはあった。

今だってサンタクロースの格好って、コスプレかよってものだ。

大体キリストが生まれた日だろう。

実家は日蓮宗だから、日蓮が生まれた日ならともかく。

と由衣は悪態をつきながら、目の前のケーキを見つめる。

思わずクリスマスかと思ってしまった。


「佐田」と、課長に呼ばれる。

「はい」と返事をしたとき由衣は自分の担当の子供インナーの品出しをしていた。

どう見ても小学校高学年辺りのブラジャーを見ながら。

なんで二十歳のあたしよりでかいんだよ、と心の中で叫んでいた。

「佐田。クリスマスイブ。休みだよな」

「はい」

「なんか、予定ある?」

「ああ私には、陸人という彼氏がいるので、課長のご期待には」

「ちげーよ」と課長の河野はオーバーに否定する。

由衣はこんな冗談が言い合える上司の事が嫌いではなかった。

「彼氏と会うか?」

「いえ、残念ながら。仕事らしいので」

「実は、食品で人が足りなくてクリスマスケーキの引き渡しをする人間がいないんだ。

休みならその時間だけ出てもらえないかな」

「衣料までお鉢が回ってくるんですか」

「あっ、いや」

「みんな休みたがった、ということですね」

「ほら、おせちとか、ただでさえ忙しくて人が回らないらしい。で、何人かが休みたいって言い出したらしい」

「うち、流通業ですよね。食品はそんな勝って許しちゃうんですか」ちょっと嫌みだ。

「いや、佐田がイヤなら食品課長に断るよ」

「いえ、別に良いですよ。ただ」

「ただ何?」

「なんか佐田由衣はクリスマスイブに休みをもらっても暇だろうって思われたのが、イヤです」

「そんな事、思っていないから」



由衣が努めているのは駅ビルの商業施設だ。

高校を卒業し、正社員として入った。

配属は衣料品部、一応デパートという括りなので、テナントが多く入っている。

本来の衣料品部というのは、そういうテナントの管理や、催事、プロモーションなどを扱うが、やはり直営でやる部門もある。

カジュアル衣料などはファストファッションの店がロードサイドの店舗などを運営して、競争が激しい。

駅ビルのデパートなんか太刀打ち出来ないとして、デパートにしてはあるまじき、食品を多くやっている。

通常デパ地下と言うくらいだから食品が充実してそうだが、デパ地下というのは大体テナントで、直営なんてほんのわずかのはずが、由依の勤めるデパートは違う。

スーパーと見まごうばかりの食品の充実ぶりである。

だからクリスマスケーキなんてやっているわけである。

さらに衣料品に置いてはさらに深刻で、競争相手をテナントとして、入って貰おうといことで、どんどん衣料品の比率は小さくなっている。

子供の専門店もテナントとして出店しているが、かつての流通の王様デパートの最後のプライドか子供だけは、直営でも売り場を持っている。

でもいずれ衣料はテナント管理的な方向に行くだろうが、そういう所で働けるのは大卒の社員辺りだろうから、由衣など居場所がなくなりそうだ。

食品に回されるか、そのまま退職になるか。


クリスマスイブの食品部のフロアー室に顔を出す。

「おはようございます。衣料の佐田です」

一番奥のデスクに食品課長の西田が座っている。

「ああ、おはよう」立ち上がって由衣に近づく。

「今日は、悪かったね」

「いえ」

「人がいない上に、イブだろう、おまけの急に休みたいってやつが三人でて、ケーキの引き渡しがどうにもならない」

「あっ、いえ」別に言い訳されても、と由衣は思った。

悔しいが陸人が仕事で本当に暇だし、休日の残業代は、普段の残業代より良い。

何よりクリスマスなんて嫌いだ。

「河野にはありがとうって言っておいて。今度おごるからって」あたしの休日労働を差し出して、自分はおごられる気かよ、いない河野に心の中で突っ込んだ。

「じゃあ、これ着て」

「ええー」西田が出してきたのはサンタクロースの衣装だった。


開店前の入り口エントランスで由衣はサンタのコスプレで、台車からケーキをテーブルに移して並べる。

開店間近になると、入り口エントランスなので、近い売り場の女子スタッフが入り口に並ぶ。つい由衣もいつのも癖で並んだ。

横の社員がサンタクロースの由衣を二度見する。

「佐田なの」と驚いたように言う。

「はい、おはようございます」

「サンタがいるのは分かっていたけれど。なんで中身があんたなの。佐田衣料だよね」

「はあ、まあ、いろいろ」

「ああ、河野さんか。西田さんと親友だからね。でも帽子とひげは良いんじゃないかな」

「いえ、ない方が素顔が分かってよりはずかしいんで」

「二十歳の女の子に、このダササンタの衣装はね。せめてセクシーサンタのコスプレとかならね」

「もっと恥ずかしいです。ていうか、楽しんでいませんか?」

「そんな事ないよ」と言いながら必死に笑いをこらえていた。


「開店です」と放送が流れた。


「サンタはいいよ、ケーキの所に戻っていたら、おかしいでしょう。サンタが玄関先でいらっしゃいませなんて」

「そうですか」



午前中は本当に暇だった。

いくらイブでも朝っぱらからケーキの引き取りになんか来ないと言うことだ。

この山のようなケーキがなくなるのはいつなんだろうと由衣は考えた。

そしてクリスマスなんて嫌いだ。

もう一度思った。

由衣の両親は共働きで、クリスマスとかそういうイベントを家族で祝うという習慣がなかった。

小さいときはプレゼントを貰うこともあったが、ツリーを飾って、クリスマスケーキを食べるという経験はない。

高校の同級生の陸人となんとなく付き合うようになっても、バイトとかが忙しく、一緒に出かけてもクリスマスを祝うと言うことではなく、イブに一緒に遊んだと言う感じだった。

このデパートに入社した昨年のクリスマスは、出勤でおもちゃの応援だった。

なぜか今年のシフトは休みになったけれど、だからと言ってという感じだった。

休みだから陸人とどこかに行こうなんて淡い期待を持ったが。

「あっ。ごめんイブ仕事だよ」とあっさり言われた。

「そうなんだ」と悔しいので落胆したそぶりは死んでも見せないと心に誓い、さらっと返事をした。

「由衣も仕事だろ。デパートなんだし。おもちゃなんか、プレゼントで掻き入れ時だろ」

昨年はおもちゃで一日大変だったと言う話をしたから、陸人は今年もそうなんだろうと思ったらしい。

「うん、まあね」これまた見栄を張った。

別に今年は陸人とツリーとケーキとチキンで一緒に過ごしても良いな、なんて漠然と思っていた自分が恥ずかしい。


「サンタさん」と声を掛けられて、由衣は我にかえった。

あまりに暇で自分があらぬ方向にトリップしていた事に気付いた

「なあに」と腰をかがめて由衣は返事をした。

小さな女の子が由衣に話しかけていた。

「その電話は、サンタの国とお話が出来るの?」

「えっ。」由衣は店内連絡用の携帯をクビから掛けていた。

確かにサンタの格好からは違和感がある。

「そうだよ、プレゼントが足らなくなったときこれで発注するんだよ」発注先はサンタの国ではなく、商品部だが。

「わーいいな。私ねお家くらいの大きさの熊さんが欲しいの」

「じゃあ上司に言っておきます」

「サンタさん、お願いね」と言って小さな女の子は、母親に呼ばれていなくなった。


「どうだ。調子は」と河野が様子を見に来た。

「客中が入りました」客中とはお客様注文品の略だ。

「何だよ」

「お家くらいの大きさの熊さんだそうです」

「ねえよそんな物。大体客中カード書いたのか」

「アッ忘れた」

「イヤそんな事いいにきたんじゃない。三時と五時からハンドベルここでやるから時間になったら、このテーブル少しずらしてくれ」

「はい」

そこから由衣はいきなり忙しくなった。

次から次にケーキの引き取りがくる。

ケーキが三分の一くらいになって二時を過ぎた。

この調子なら、もうすぐ終わるかなと思ったら後十個くらいで急に止まった。

今度は西田がやってきた。

「佐田さん。悪いな、お腹空いただろう。うまく回らなくて、交代が遅れた。休憩入って。一時間ここにいるから。」

「はい、ありがとうございます。でも大丈夫ですよいつも休憩は不規則ですから」

「まあ、行って行って」

「はい」


サンタの格好のまま社食で定食を食べる。

クリスマスイブである。

せめて鳥でも食べようと、唐揚げ定食を食べた。

クリスマスのチキンが鳥の唐揚げか、と由衣は思い、自分はサンタクロースの格好をしているのに、改めてクリスマスなんて大嫌いと思った。


エントランスのテーブルに戻ると、ハンドベルの演奏が始まっていた。

おそろいの白いブラウスを着て、一人二つ三つのハンドベルを持って演奏している。

でもほぼ全てクリスマスソングだ。

まあイブだから当然と言えば当然だが。

観客は、買い物途中の人もいるけれど、結構な比率で、知り合いという感じだった。


「戻りました」

「ああ、お帰り」西田がベルに合わせてノリノリに体を動かしている。

「やっぱりクリスマスイブはこうでなくちゃだな。横にはサンタクロースもいるし」この衣装を着させたのはお前だろうと言う言葉をのみこんで由衣は。

「私、クリスマス嫌いです」と言った。

「えっ、そうなの。クリスマス嫌いな人間なんているの」と驚いたように西田が言う。

ここにいるんだよ、と言う言葉をさらに飲み込んで。

「私です」

「なんか、嫌な思い出でもあるのか?」

「嫌な思い出というか。良い思い出がないと言った方が」

「そうなんだ」と西田は哀れんだような目を向けた。

何だか腹立たしい。

と由衣は思った。



ハンドベルが終わった。

いつもはインフォメーションの久美が普通の服で司会をしていた。

「みなさん、ありがとうございます。これにて一回目の演奏会を終了いたします。ハンドベルサークルマリアンの皆さんでした。このクリスマスが皆さんにとってかえがたい思い出になりますように・・・・・。メリークリスマス」久美め、当たり障りのないアナウスしやがってと由衣は思った。

「なお、引き続き十七時より最後の演奏をいたします。よろしければ、そちらもご覧ください」


「クリスマスケーキください」と小さな女の子がお小遣いなのか、ピン札を持って来た。

「ごめんね。ここは予約のところだし、売るケーキはもうないの」と由衣が言った。

女の子は残念そうに下を向く、後ろから母親らしき人が近づいてきた。

「ケーキあったの」と女の子に声を掛ける。

「ここにあるのは予約分ですよね」と今度は由衣に話掛けてくる。

「はい」

するとまだ横にいた西田がテーブルの下から、一番小さなケーキを出してきた。

「これで良ければ」と西田は蓋を開けて女の子にケーキを見せた。

「どうする」と母親が女の子に尋ねる。

「これでいい」女の子の顔は急に明るくなった。

「このケーキどうしたんですか」と由衣は西田に耳打ちする。

「さっき、キャンセルが出た」

「それありなんですか」キャンセルとは言え、来ないとも限らないので、一応は置いておく。

「しょうがないだろう」小さな奇跡の結果オーライだ。

「おねーちゃんありがとう」と言って、女の子は由衣に画用紙に色鉛筆で書かれた手書きのクリスマスカードをくれた。

「ええ、いいの」

「すみません。今日幼稚園で、渡すはずだった子が休んでしまって。良かったら貰ってやってくれませんか」

「ええ、喜んで」二人の後ろ姿を眺めながら西田が由衣に言う。

「なんか嬉しそうだな」

「はい。私、クリスマスカード貰ったの初めてなんです」

「ええー、そうなのか。いったいどんな生き方してきたんだよ」

「放っておいてください」


引き取りのケーキも後一つになった。

もうすぐ五時だ。

次のハンドベルが始まってしまう。

そのころにはいないはずだったのに。

いつもは制服で受け付にいる久美が、すかした格好と顔でハンドベルの準備を手伝っている。

「お願いします」と引き換え券が出された。

「はい、いらっしゃいませ」と由衣がそちらを向くと、そこにいたのは陸人だった。

「陸人っ」と思わず口走った由衣だったが、次の瞬間、誰のためのケーキだよ、と思った。

「今日仕事だって言っていたじゃない。誰のためのケーキよ」

「由衣に決まっているだろう」

「だって今日仕事だって」

「仕事は急で、終り次第だったし、ケーキはもう前に頼んだ物だし、計算違いは由衣がここにいることかな、これじゃあサプライズにならないよ」いや陸人が現れた事がすでにサプライズだよ、と思ったが、くやしいので平静を装った。

「あたしがいたから、やばいと思って、他の誰かのためのケーキを、あたしのためとか偽っているんじゃないの」

「見て見ろよ」と言って陸人はを確認するふりをして中を見せた。

チョコレートのプレートに

由衣へ、結婚しよう

と書かれていた。

「本当は、夜見せて驚かす予定だったのに」

「十分、驚いた」と言った由衣は。

奇跡だと思った。

自分に起こったクリスマスの小さな、小さな奇跡だ。

その時ハンドベルの演奏が始まった。

静かなクリスマスの曲が流れる。

陸人は由衣を見つめる。


そして由衣は思った。


冬の音が聞こえる。


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冬の音を聴かせて(由衣) 帆尊歩 @hosonayumu

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