縁切り少年と縁結び少女

@murasaki-yoka

縁切り少年と縁結び少女

 生まれたときから人との縁が全くなかった。


 父が転勤族というのもあったのだろう。数年ごとに環境が変わりまくり、嫌な人間を嫌いだと認定した瞬間に転校されたり、仲良くなれそうなクラスメイトが知り合って間もなく入院してしまったりと俺の前から次々消えていき、友達を作るということを齢十歳になる前に諦めてしまった。

 そんな俺の人生十六年。


安井やすいせつくん。ちょっといいかな」

 放課後。教室で声をかけられ、顔を上げると一人の少女が俺の前に立っていた。


「誰だっけ……」

 相手を認識してしまったらその相手との縁が切れたことに気付いてしまう。だから俺はクラスメイトの顔もあまり認識しないようにしていた。


「出雲です。出雲結いずもゆい


 その子はクラスの中でも特に綺麗な顔立ちをしていた。大きめの瞳に、通った鼻筋。長い髪を背に流している。ブレザーの制服は着崩しておらず、いわゆる清楚な雰囲気だ。けれど、スタイルも良いからか華があり、野暮ったい印象はない。

 名前と顔は一致させていないけど、そういえばいたな。


「君に相談があって来ました」

「俺……何かやらかした?」

「違います。君の噂は聞いています。縁切りの安井くん」

 その呼び名が嫌すぎて、俺は眉をひそめた。

「……誰に聞いたか知らないけど、そんな噂立ってんの」


 まだ入学してから三カ月も経ってないのに、噂立つの早すぎるだろ。大方、担任が四月早々に病休してしまったこと、クラスメイトの隣の席のやつが普通科から理数科に転科したこと、俺にやたら話しかけてきた同クラのカップルが別れたこと、えーっと、あと忘れたけど、とにかくそういった出来事のせいで俺の体質の噂が立ってしまったということか。


「嫌な言い方をしてごめんなさい。でないとどこか行っちゃいそうだったから」

 美人って得だ。嫌な呼び名もその微笑みの前で霧散する。

「実は……ストーカーとの縁を切ってほしいんです」


 美人には美人なりの悩みがあるそうだ。女子高校生のストーカー事件はネットニュースでも聞くけど、悪質なものになる前に早々に手を打った方がよい。

 俺よりも家族や警察に相談したら、と告げたけど、そいつがいなくなってもまた別の人間がストーカーになるだけだから、とある意味恐ろしい一言が返ってきた。

 友達も巻き込みたくない、ということで今日は一人で俺のところにやって来たのだ。いや、逆に一人は危ないだろ。


「昔からよく色んなことに巻き込まれるの。それが原因で知り合いや友達が増えて嬉しかったこともあるけど、困ったこともよく起こるから」

 俺の前で友達や知り合いが増えたとか嫌味か。けど、彼女がそこまで俺の感情の機微に敏いとは思わないので、スルーしておく。


「いいよ。その代わり、俺がクラスで変な委員とかに推薦されそうになったら、回避する方向で動いてくれたら嬉しい」

 友達がいない人間の宿命。嫌な役割を押し付けられる。ならば、彼女のような知り合いがおそらく多いであろう人間に恩を売っておくと、この後の静かな学校生活が手に入る。これを利用しない手はない。

「わかった。お願いします」

 彼女は殊勝な顔をして頷いた。


「出来ればそいつの名前と顔を知りたい。顔は……ストーカーに接触するのは怖いだろうから、俺だけで確認するよ」


 ストーカー野郎は同じ高校の三年生。特に個人的に関わったことはないそうだが、部活勧誘の時に声をかけられて以来、あらゆる場所で付きまとわれているのだとか。

 同性でも嫌すぎるのに、異性だったら相当怖いだろう。おそらく向こうは話しかけるきっかけがほしくてあらゆる場所で偶然を装って出没しているんだろうな。嫌だ、関わり合いたくない。


 俺はその日と翌日の放課後を使って、その人間を特定した。

 ストーカーのストーカーをするのは微妙な気分だったが、とりあえず安寧の学校生活のために仕方ない。

 こういうストーカーってもっとヤバい雰囲気の奴だと思っていたけど、本当に普通の人間なんだなあ。俺はいたって特徴もない二つ上の男子生徒に対し、そんな感想を抱いた。


 そして吹奏楽部に入っている出雲結が、放課後の練習を終えた帰り道。後を追うストーカーに俺は話しかけた。

「──先輩」




「安井くん、ありがとう」

 翌週、出雲にお礼を言われた。さすがに俺が言った条件だけでは申し訳ないから、と放課後牛乳をおごってくれた。身長が伸びますように、って嫌味か。

 購買部の裏手で、ゆったりした時間が流れる。俺は脇の花壇に座って、ちびちびともらった牛乳を飲んでいた。


「でもどうやったの?」

 出雲は小首を傾げた。

「別にちょっと声をかけただけだよ。先輩にはもう少ししたら今追ってる子とはまた違うけど、可愛い恋人が出来るかもしれないから、その子から離れた方がいいって。でないとせっかくの恋人が出来るチャンス、無くなっちゃいますよって」

「なるほどー」

 出雲は感心したように頷いた。


 別にそんなこと言わなくても、俺が接触したら何らかのことが起きて縁は切れると思うんだけど、そうなる前に相手を怒らせてキレられるのも避けたいので、穏便に解決しようと思った次第。

 俺本気出したら、それこそ事故レベルの縁切り引き起こすから。


「体質なんだよ。生まれつきの。縁切りの安井ってあながち嘘でもないんだよ」

 俺は自嘲気味に笑った。

「小さい時から人との縁が切れまくって、友達が入院したり、俺自身がどこかに引っ越ししたり……本当にそういうのばっかりで、人との縁がないんだよなあ。こんな体質で良かったことなんて一回もない」

「そっかあ」

 出雲は俺の横に座ると、顔を覗き込むようにしてはっきりと言った。


「それって、悪い縁も切れるってことでしょう? 私は君の力にとても救われたよ。ありがとう」


 俺は絶句した。そんなふうに言ってくれる人が今までいなかったから。

 ああ、何でこんな奴と知り合っちゃったんだ。彼女ともまたそう遠くない未来に縁が切れてしまうんだろうなあ。


 人と別れるのが当たり前すぎて、誰かに深入りするのが怖かった。

 自分が傷つくのが怖かった。

 その言葉をくれただけで、大嫌いで諦めの気持ちしかなかった自分の体質が少しでもましに思えてしまった。希望って、こういうことをいうのだろうか。


 俺は軽く礼と牛乳だけ持ってその場から立ち去ろうとした。その俺を彼女の言葉が引き留める。


「私ね、ちらっと言ったけど色んなことと縁を結んでしまう体質なの。困ったことに巻き込まれることもあるけどね。

 ──だから勝負しましょう。あなたの体質と私の体質、どっちが強いか」


 出雲はそれまでの笑みとは違った、どことなく挑発的な笑みを浮かべていた。

「私があなたの友達になるわ。あなたの人との縁を切る体質と、私の人との縁を結ぶ体質、どっちが勝つのか興味ない?」


 友達なんていらないと諦めた十歳の俺に、こんなことを言う美少女が現れるぞ、と言ったらどんな反応を見せるだろう。

 初夏の日差しに照らされながら、俺は彼女の挑戦とも言える発言に生まれて初めて焦がれるような感情を自覚した。

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