第5話 酒妃は飲み干す
早馬を駆けて薄暗くなってきた道を急ぐ。
粛清が終わり、膿を取り出したとは言えまだ国内の混乱は少なくない。
やっと王自ら国内の視察に出ることが出来るようになったとは言えまだまだ問題は山積みである。
「陛下、この先に小さいですが町があります。宿の手配をして参りますので、ここでお待ちください」
「ああ」
フードを深く被った王は、速さを選ぶために自身で馬を駆る事を選んだ。
……馬車に乗ってくれていた方が護衛はしやすいのだけれど、そうも言っていられない。
普段なら領主の家や豪商の家に泊まることを頼み込むのだが、この先の町は確かそんな情報はなかったはずだ。
この視察の経路については、賢者と称されるほどに細部まで緻密に計算する上司が選んだので間違いはないと思うけれど、自分のような商家出身の一般兵には荷が重い。
「特別手当てがあるにしても俺には無理っすよー」
うにゃーん、と猫目を萎めて弱音を溢す。
町で一つしかない宿の一階は酒場となっているようで、暗くなってきた時間帯では喧騒が外まで聞こえてきた。
無事、特上の部屋を予約することができたが、どうやら騒がしいのは飲み比べ大会などが行われ、賭けが陽気に行われていたみたいだ。
珍しい。エールを次々と飲み干しているのは大男と小柄な女性のようだ。
「あれはなんだ」
「っ……飲み……比べだそうです」
ビックリした。真後ろに王がいた。待っていてくださいと言ったのに、その両手に抱えるボトルはこの地方の酒屋で調達したのだろうか。
……王は国を巡るのだ。このぐらいは許してもらいたいと各地方で名産ワインを買い集めている。城には早馬で視察報告とボトルワインが届けられるので驚かれているだろう。
その時、大男が
「ぷはー! 私の勝ちね! 美味しいお酒をご馳走さま!」
「すげぇな! 大男どもを倒しちまったぞ!」
「あんた強いな! ひと樽飲み干したぞ!」
成人したばかりの女性と思われるが、なんて酒に強いんだろう。
「あははっ。私は隣の領主の娘なんだけどさ。そうそう酒造で有名なあの領地ね! 代々伝わる酒樽を全部開けちゃったら勘当されちゃって! あははっ
酒樽全部ってえぐいなおい。酒造で有名なあの領地だろ? 父親涙目だろう。追放で済んで良かったなと思うほどだ。
「……素敵だ」
「え?」
後ろで大人しくしていた王がぼそりと呟く。
「なんて……素晴らしい飲みっぷりなんだ」
「え、ちょ、王?」
ふらふら~と王が
「これを、この酒を君に……」
「わ、影のある美形なおにーさん、ありがとう。まぁ! このワイン当たり年の27年ものじゃない! いいの?」
「……わかるのか」
「当然よ~良いワインの出来は葡萄と水と気候によるからね。ごくっごくっ。ぷはー美味しい~! これは酸味が随分と違うのね!」
「……っ。これも、この酒もどうだ」
俺や護衛騎士の戸惑いを置いて、王は嬉しそうに秘蔵のボトルを差し出す。
「おにーさん、最高に目利きがあるのね! どのお酒も美味しいわ!」
「……味覚音痴なザルか、そもそも下戸しか話を聞いてくれなかったのだ。それが、こんなに……」
王は感極まったように娘の手を握る。
「私の作る酒を飲み尽くしてほしい!!」
「一生お酒を飲ませてくれるなら! どこまででもついていくわ!」
熱烈なプロポーズをしはじめた王。
あちゃーと、額に手を当て上司の報告書に良い知らせと悪い知らせの文面を考え始めた。
王に春が来ました。嫁問題解決です。
その後、額面通りに受け取った娘が、旨い酒が飲めると着いていったところ、王妃の座につかされたので、『聞いてない。騙された。解釈違いである』とひと悶着あったとかなかったとか。
王は神経質で気難しい性格だが、王妃は一切すべての話を聞き流し、でもあんたの作る酒うまいじゃん。との一言で、王を舞い上がらせ仕事に向かわせるので、王に仕える者たちには、この方にしか王妃は勤まらないと王妃の評判は高い。
王と王妃は早々と息子たちに王位を譲ると農家に引きこもり、葡萄と酒の品種改良に尽力を注ぎ、一切身分を明かさずに毎年品評会にボトルを送り、独学と執念で国一番の銘柄ワインを生み出した。
その研究と研鑽の甲斐あってか、この国の酒造技術は高く、後世では他国にも評価されるワイン生産国となる。
なんて事を、子孫に語ったところ、嘘だぁと一蹴されたけれど、歴史とは、事実というのはそういうものなんだよと平和になった世でにこりと孫たちに語らう。
愚者は踊る 弥生 @chikira
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