第4話 暴君は演じる


「き・み・の・おは~な、お花、きみの頭に~お花が~咲いているぅ・ヴ・う~♪」


「そのうたを止めてくれないかゼクス。頭が誤作動をおこす」

 ある程度国が落ち着き、新王の戴冠式が終わったその夜。

 親しい友人や部下たちと訪れた酒場の一角で、民を率いて戦った英雄ゼクスは陽気にリュートをジャカジャーンと掻き鳴らしていた。

「辛気臭い事言うなよ~! この素晴らしい日にさ! 愛を、愛をへいへへいへーい、君に、君に、ほいほほいほーい、ラバーラブリー、ララブラブラブうぇーい!!」

「エイド様、ゼクス様って酔ってます?」

 猫目の部下が可愛そうなものをみる目で、英雄として民衆の心を動かしたゼクスを指差す。

 私はとても哀しげに首を降る。


「……残念なことに彼はザルだ。一定量飲んだら意識を失うが、素面であの浮かれ具合だ」

「ちなみにさっき謳った詩は、酒場のミーナちゃんの髪飾りを誉めた時に創った詩だ! 何故か平手を食らったが」

「ゼクス、覚えておきなよ。頭にお花が咲いている、は誉め言葉じゃない。ついでにいきなり大声で歌われたら誰でもひく」

「なんで!? なんで皆俺の詩にケチ付けるんだ! やーっと世の中が落ち着いて来たことだし、昔からの趣味だった詩を吟じて恋の伝道師、吟遊詩人として活躍する予定だというのに!」

「君には詩人としての才能はないから大人しく狩人に戻れよ」

「ふふふ、争乱中、夜な夜な書き留めておいた詩集第一章『頭にお花が咲いている彼女、ラバーラブリー』だ! これを発行すれば俺の名は知れ渡るぞ! ってことでエイド。俺本の作り方わからないから頼むな!」

「陽気に押し付けるな! 私は平和になったら家で待つミャーコとミミと自堕落まったりするつもりだったんだから!」

「いや枕に名前つけられても」

 うるさい! 飼猫まくらを抱き締めて惰眠を貪るんだ!


「そうだ、逃がさんぞ。働け」

 その時、陽気な酒場に不釣り合いな低音な声が響く。

「げっ第一皇子……いや、もうヴァイルツ王でしたっけ」

「粛清により人がいない。私の元で働け。逃がさんぞ」

「え、ヴァイルツ王やめてくださいよ。今は陽気に飲んでいるんですよ? 気難しい上司が居ては美味しい酒が飲めないんですから。王は王で適当に飲んできてくださいよ」

「私と酒が酌み交わせる階級はほとんど処刑したのだが……私だってこんな日ぐらいは処理しないといけない書類を忘れて、旨い酒が飲みたい……」

「私たちが美味しい酒飲めなくなるんでご遠慮くださいよ」

「……エイド・ヴォン・スフィアクロス。私に対して当たりがきつくないか?」

「かははっいいじゃねーか、旨い酒を飲もうぜ~! あと俺のうたを聞けーー!」


 ヴァイルツ王が護衛の騎士達も含めて酒場全体に響く声で号令する。


「今宵は宴だ! ここは私が奢ろう。私の秘蔵の酒も提供しよう。ここまで来るのにあまりにも多くの血が流れた。我らの功績は後世に血塗られた歴史として残るだろう。しかし、今ここで止めた不遇は千年先まで語り継がれることになるだろう!」

 共に苦楽を共にしてきた仲間が、王となった男の言葉に涙ぐむ。

「ヴァイルツ王、最高の上司は金と酒だけ置いて、本人不在というものですよ。護衛の胃も痛ませずに済みますので金だけ置いて帰ってください」

「…………賢者殿。さすがにそれは非道すぎるだろう」


 いや、だってですよ。


 王は酒が進むと絡み酒になって本当に面倒臭いんですよ。


「聞いているかエイド……このマルロース産の赤ワインはとても酸味が強く、この地方の出来の良い葡萄だけ絞って数本しか酒造されないのだ。もちろん、今回提供したワインは当たり年の32年もの。まろやかで喉を通り抜けるときに香る一瞬のフレイバーが金を詰んでも惜しくないほどに……」

「はいはい」


 そう、この王様、ワインが好きすぎて語り始めると止まらず、蘊蓄うんちくを永遠と垂れ流しはじめるのだ。

 その地位も相まって無下にすることもできず、部下たちも早々と別の席に移った。

 この話は15回目だが、誰も止められない。

「おー、ヴァイルツ王うまそーな酒だな!」

「ゼクス! そうかゼクス貴様にはわかるか! これは年代物のヴィンテージワインで私も数年に一度しか開けない貴重なものだ! 今は無きエイフォード諸島の葡萄畑からしか酒造できないワインで一杯で家が傾くと呼ばれ頼むからラッパ飲みしないでくれないか!?」

「ぷはー、味は良くわからねーけど、旨いな!」

「そうか、それならば良いが。その次の瓶は私も一度しか飲んだことがない輸入ものの逸品で頼むから一気に飲まないでくれ! 味わってくれ! というか私も飲みたいのだが!?」

 あーあ、ゼクスが直接口つけたボトルを奪い返して飲んでいる。行儀は悪いが、まぁ、毒味うんちゃらが済んだと言うことで。

「ぷはー! 陰気で細かいことぐちぐち言う王様だが、選ぶ酒は逸品だなー!」

「……そうか」

 ヴァイルツ王は前半の罵倒よりも酒選びを誉められて照れているのか。

「ほら、エイド。お前も好きなボトルを選ぶが良い」

「あ、下戸なんで」

「……」

 断ったらしょんぼりしちゃった。


 『父と弟がまともであれば王位は譲ってワイン農家を生業にしたのに……』

 なんて酒が進むと愚痴を垂れ流すほどには、王座に興味がなかったこの男が簒奪者にならなければいけなったのは不運かもしれないけれど。


 友と、民を救ってくれた事には感謝をしている。

 ……死ぬほど働かされたけど。


「王、暇になったら夢を叶えてワイン作ったらいいじゃないですか」

「貴公……天才か? よし、早く基盤を整えて息子に王座を譲ろう」

「その前に嫁を早くもらっては?」

「……残虐なる非道の王との噂が流れ嫁が来ない……」

「わははっ! 今こそ恋の伝道師たる俺の詩が必要な時か!」

「音痴は帰ってくれ」

「嫁が逃げる。帰ってくれ」


 ずっと何やら考えていた猫目の部下が、良いことを思い付いたと袖を引っ張った。

「ねぇねぇ、エイド様。ずっと考えていたんですが、英雄ゼクスの詩集の初版って、直筆サイン書いてもらって家で寝かせておけば、後世で滅茶苦茶価値出ませんかね?」


 商家生まれの部下の頭をぽかりと叩く。


「……やめとけ。偽物と思われるのがオチだぞ」


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