第3話 歴史は騙る
拝啓 ムストルディ殿
この間は面白い論文を送ってくれてありがとう。興味深くてついつい夜明けまで読み更けってしまった。
久々に妻に怒られたよ。
私が今紐解いている文献は、ガレル王国の歴代王について。
もちろん一番人気なのは賢王とも呼ばれているアリアルド王だということは知っている。平和を愛し争いを納めた傑物として称えられていて、多くの歴史研究家がこぞって研究しているね。
しかし、私が最近特に興味深く思っているのはその父王であるヴァイルツ王だ。
そう、大規模な粛清により血の道を開いた暴君、虐殺の王ヴァイルツ。
最近地方の古城に残されていた資料で興味深い資料が見つかってね。書簡院に残されていた資料を取り寄せて、多面的に調べているところだ。
君の知っている通り、ヴァイルツ王は父王と弟を殺し王の座についた。その最中大規模な粛清を行い、不正を続けていた貴族諸公はもとより、その一族郎党女子どもに至るまで処刑したために、虐殺の王と称されることになった。そこまでは先行研究がいくつかあるので君も知っているだろう。統治期間が短いために残された資料が少ないのが悩みの種だけど、概ね彼の評価は非情なる王といったところか。
しかしヴァイルツ王は虐殺の王と呼ばれたにしては、流れた民の血は多くはない。それは英雄ゼクス・ゼクセリオンがいた為に、最小の被害で済んだのではとの見解もあるが、私は別の見方もあると思っている。
戦を好み血を望んだと思えぬほどに政治手腕は堅実で、治水作業や地方の自治安定まで、後世に残る安寧の基盤となる政策を着実に積み上げている。
歴史学の見解では父殺しの王としての面が多く問われるけれど、政治歴学の分野からは彼の治世の評価は高いんた。
彼の王がいなかったら、百年は波乱の時代が続いただろうと言われいる。
もちろん、若くしてそれを引き継いだアリアルド王が確実に功績を残していった事は間違いないけどね。それでもやはり、ヴァイルツ王は再評価が必要なんじゃないかなと私は思っているよ。
そうそう、その研究を経て虐殺の王との評価を
さて、本題に戻ろう。最初に言っていた古城に残されていた資料というのが、ある地方貴族のワインの売買に関する取引帳簿なんだ。
この地方貴族というのは、権力には遠いが荘園は良い葡萄畑を有していてね。品種改良によってワインの酒造に関わってきた様子なんだ。
脱線しているって? いやいやガレル王国は有数のワイン輸出国じゃないか。少し調べて見ると面白いことがわかるぞ。ワインの酒造は昔から行っていた記録が残されているが、特に品質の高いワインが造られ始めたのがアリアルド王の統治以降なんだ。
さて、同じ時代に残されたこの地方貴族の帳簿の直筆、几帳面な字体はどこかで見覚えがあると幾つか資料を当たったところ、なんと、ヴァイルツ王の筆跡とそっくりだったんだ!
驚いたなんてものじゃない。ヴァイルツ王の統治は短く、通説ではアリアルド王への王座の移行は崩御によるものとされている。しかもアリアルド王派の毒殺なんて説も有力で、そこには血塗られた歴史があっただろうと論じられている。
しかしこの帳簿が本物であれば、王座を譲った後のヴァイルツ王が生きていた証拠となる。
もしかしたら、王位継承は両者の合意の元に行われたのかもしれない。
そうなればヴァイルツ王の通説が覆されるぞ!
現在、他の専門家にも筆跡の鑑定を依頼し、調査を進めている所だ。
歴史的発見に立ち会えるのではと興奮しているよ。
過去の世界を紐解く面白さは尽きることはないな。
君にも一度文献を見てもらいたいと思っている。また酒を飲み交わそう。
ではここで筆を置こうと思う。
君の友より。
追伸:君の送ってくれた『頭にお花が咲いている彼女、ラバーラブリー』という無名詩人による恋の詩集が英雄ゼクスが書いたのではないかという論文は中々に興味深かった。まさか奥付の発行編集者が、英雄ゼクスの手紙にしばしば登場する友人の名前という点から考察していったのは実に新しい視点だったな。今度直接君の口からどう考察したか聞いてみたいところだ。
もちろん、私は彼の有名な英雄ゼクスのものではない事に秘蔵のボトルをかけるよ。
内容がその、ちょっと腹を鍛えさせられるあれなものだったからね?
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