第2話 賢者は奏でる

 第二皇子に騙されたと気づいたのは、軍に包囲され、腕を折られたあとだった。


 腐敗した政治を憂い、有志を集って義賊の真似をして数年。

 今年のはじめに新たな支援者を通じて紹介された第二皇子は、国を変えるために協力してほしいと懇願してきた。


 世を憂い、上級階級が貧民を虐げる世の中を変えたいと、その言葉を信じて……。


 動かされた結果が、これだ。


「くくく、年貢の納め時だなぁ、ゼクス」

 処刑台に引っ立てていく兵は、実に楽しそうに俺を嗤う。


 操り人形マリオネットのように手のひらの上で踊る愚者の姿が、よほど面白いのだろうか。


 反逆の狼煙を上げた俺たち義勇軍は、王をあと一歩というところまで追い詰めたが、討ち取るまではいかなかった。

 こちらの利点は、地の利と平民からの支援。   

 退却命令を出し、即座に散らばって予定されていた緊急避難路を闇に紛れて通っていた時だった。


 そこにはいるはずのなかった正規軍が待ちわびていて、成すすべもなく捕まってしまった。

 見せしめのための処刑が予定され、拷問により牢獄で痛みにのたうち回っていた俺が知らされたのは、第二皇子が逆賊を捕らえるために尽力したとの話だった。


 くそ。これまでか。

 俺の命は軽い。

 それは覚悟の上だ。

 

 だが、俺を信じて付いてきてくれた仲間のことを思うと、唇を噛み締めて血が出るほど苦しくなる。



 処刑台に上り、あと僅かとなった時に思い出したのは、果たせなかった使命でも仲間の事でもなく、何故か絶縁状を叩きつけた故郷の友の事だった。


 誰よりも頭が良かったはずなのに、いつも眠たげでやる気のないように見せていたあいつ。

 ……第一皇子付きとは聞いていたが、うまくサボって救護隊予備兵になったと数年前の手紙に書いてあったっけ。

 一族が軍部の上層階級と言うことで、三男だとしてもあいつは最初から地位が約束されていたというのに。

 ……本当に無能に見せる技量だけは高かった。


 崩れかけた国をギリギリで保つことが出きるのは、あいつみたいな奴だ。

 残された国を、民を、頼む。……なんて柄にもない事を思ってしまう。


 さぁ、最期の大舞台だ。


 標的はすぐ側の特等席で、喜劇のショーを観覧だ。おまけにたっぷり油断しているときたものだ。ガラクタだと見過ごされたこの玩具で、最後の最期。足掻いて見せようか。


 命までは取れるとは思わない。

 だが、見下みくだしていた鼠の牙は少々鋭いぞ。


 折れた腕に無茶を掛け、撃ち放った鈍色のパチンコ玉が、王の額に突き刺さる。


「わ、わしに何たることを!! 殺せ!! 今すぐ首をねろ!!」

 額を打ち付けた玉は一筋の血を流させたようだ。


 取り押さえられ、肋骨を三度折られても、嗤いが止まらなかった。

 ザマァ見ろ。これがドブ鼠の最期の悪あがきだ!


「父上」

「ヴァイルツ! 首をねろ!」


 すぐ近くで護衛の任に当たっていた第一皇子が王に近寄ると、あまりにも音のない動作で王の首が落とされた。

「え……?」

 何が起きたのか、理解が出来ない。

 俺を押さえつけた兵士たちも同じ様子みたいだ。


「お望み通りに。全軍、一人残らず殺せ」

 その無慈悲なめいによって、第一皇子付きの兵士たちが次々と王の軍を制圧していく。


 俺を組み敷いていた兵士たちも、音のない洗練された動作で倒されていく。

「ポケットの中身、役立って良かったっすね」

 ……処刑台に上る前に俺の身を改めていた兵士がそこにいた。

 猫目をニイッと細める。

「あぁ」

 それに俺の身体を支えようとしていた男が答える。

 なん……で。

「なんで……ここに……っ」

「どこかの愚か者が騙されて処刑台に上がったからだよ」

 普段は眠たげな目を鋭くし、周りを冷静に判断する兵士。


 もう、二度と会えないと思っていた親友。


 猫目の男と共に、俺を支えて逃げようとしたあいつは、第一皇子に一瞬だけ呼び止められる。


「貸しだぞ」

「……感謝を。随分と高く付きましたが」

 友は第一皇子に黙礼すると、俺を馬にくくりつけて、この場を離れた。




 本来ならば退路となった鬱蒼うっそうと繁った森の中、親友のエイドに折れた肋骨やらの処置を受ける。


「お前、救護隊予備兵じゃなかったのか」

「うまく救護隊予備兵から予備書簡整理兵になって日がな一日書類整理をしていたんだけどね。ポカやらかした」

「書棚燃やした?」

「うっかり視察に来た第一皇子をチェスで勝たせた」

「何回?」

「14回。さすがに15回目の途中で気づかれた」

 こいつは頭が切れる。

 ただのチェスが弱い男と見なされていた方が幸せだったと思うが、相手の全ての癖や筋を計算した上での勝ち筋に乗せることが出きるのは、どれほどの才だろう。


「この愚か者が! 英雄気取りで皆の希望となったって、処刑されたら希望が絶えるじゃないか!!」

「俺が義賊になったことは怒らないんだな」

「絶縁状を叩きつけられた時にはさすがに怒りすぎて枕を投げつけた」

 こいつが愛猫代わりに一番大切にしている枕をか。


 手当てが一段痛くなった頃、戦場と化した処刑場を収めた第一皇子が戻ってきた。


「エイド・ヴォン・スフィアクロス」

 友人の名が第一皇子に呼ばれる。


「はっ」

「……そこの愚か者を救うために、隠していた牙を剥かざるを得なかったぞ」

「……承知しております」

「弟を仕留めることも出来なかった。長期化するぞ」

「……存じております」

「……そこの愚か者が反逆の象徴以上に価値があるとも思えぬ」

「価値は民が付けましょう」

「価値が唯一あるとすれば、昔からの支援者とやらか。盗みに入る屋敷の情報から、金品を配る市民の位置情報。盗掘品を売りさばく商人のルートも各種様々な情報網や退避ルートまで余りにも巧妙だ。全てが奇跡と呼べるような細い糸でしか繋がっておらず、元を手繰ったが、ついには誰が支援者かすら暴くことが出来なかった」

「……存じております」

「お前か?」

「……否とは答えません」

「えっ!? お前が支援してくれていたのか!!?」

「馬鹿野郎! お前が絶縁状なんて叩きつけて来なければもっと上手く支援していた!」

 驚いて聞いてみれば馬鹿野郎なんて怒られた。

 第一皇子付きになって暇が少なくなった今年の始めにうっかり第二皇子付きの間者なんかをほいほい懐に入れやがってと怒られる。

 いや、すまんすまん。

「そうか、お前が裏から手を回していたのか。通りで物事が綺麗に進むはずだ!」

「…………この愚か者は知性はないですが、徳はあります。民の希望……英雄となる資質だけは、存在しております」

 め、珍しく誉められている。


「エイド・ヴォン・スフィアクロス」

「はっ」

「貸しを返せ」

「御意に。第一皇子、あなた様は長い代わりに道理ある道を選びますか。それとも短い代わりに血塗られた道を選びますか」

「血塗られた道を。腐るのが長すぎた。早く膿を出しきらねばならぬ」

「御意に。このわたくしエイド・ヴォン・スフィアクロスはヴァイルツ様に忠誠を誓います。策略と知識の全てを持って、あなた様を王にしてご覧にいれましょう」

「踊る愚者の命はお前の忠義を買うには安いほどだな。賢者よ、とくと奏でよ。私は血に染まる暴君を演じて見せよう」


 な、なんかよくわからないが、なんか騎士の誓いっぽい。

「手始めに愚者とはいえ、この男は義賊として民から絶大な支持を受けています」

「象徴として上手く使えと言うことか? ふん、こちらが暴君の役だというのに、配役に贔屓ひいきがあるのではないか?」


 エイドは俺を見て目を細めて笑った。


「この男を救った価値は、私が一生をかけて証明してみせます。……皆が語り継ぐ英雄譚サーガとしてね」

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