汚点を売るなら、シックオフ♪(店名は作品中に一度も出ない)
ちびまるフォイ
汚点は時代のまわりもの
「すごいな。今回も満点じゃないか。テスト勉強頑張ったのか」
「いや普通に授業出ていればこれくらいできますよ」
これまで勉強に苦労したことなんてない。
毎日ただ授業を受けてその流れでテストをすれば満点になってしまう。
勉強する時間が必要ないので体を動かすようになると、
「すっげぇ! またゴール決めやがった!!」
「いやノーマークだったし」
運動もとくに苦労せずにエースの座を手に入れることができた。
自分はどうやら天才という種別らしく、こと人生において苦労したことがない。
「あ、あのっ! 〇〇先輩……これ受け取ってくださいっ……///」
新入生が入れば必ずその1学期中にラブレターも受け取る。
モテないということに悩むことがどういうことなのかわからない。
自分が恵まれた側の人間ということは客観的にもわかっているが、
とくにそれを望んだわけでもないし、かといって人に自慢するつもりもない。
けれど、普通に過ごしていてもアンチ勢はわいてきた。
「あいつ、スカしててムカつくよな……」
「どうせ俺たちのことも下に見てるんだ」
聞こえよがしに聞こえるそんな声も慣れてしまった。
昔は体育館裏で囲まれたことはあったが、
不良グループを返り討ちにしたことで殴られることはなくなった。
その末がいまの
自分のように優れた人間には多少悪口を言って傷つけても、
そのぶん人生でいい思いをしているから平等……だとでも言うのだろうか。
「なにも感じないとでも思っているのかな……はあ」
今日も耳に入った悪口を忘れようとしながら学校を出る。
女子生徒のファンに自宅特定されるので帰り道はいつも不規則に変えていた。
それでも今日の追っかけはしつこい。
角を曲がったところで見慣れない店が目に入った。
『汚店』
「いったん避難しよう」
店に入って追っかけを巻くことができた。
安心するとやっと店の様子に目がうつる。
「いらっしゃい。いったい何から逃げてきたんだね」
「僕のファンです。普段はファンクラブが自重させてるんですが
たまにしつこくつきまとってくる人がいるんです」
「人気者は大変だねぇ」
「ええまあ。ところで……この店は何を売ってるんです?」
「うちは人の汚点を売ってますよ」
「汚点……? 黒歴史みたいなものですか」
「そう考えてもらっていいよ」
店内にはさまざまな汚点が陳列されている。
思い出したくもないだろう大きな汚点もあれば、
恥ずかしい思いをした程度の小さな汚点もある。
「ひとつ……買ってもいいですか」
「汚点を欲しがるなんて珍しいね。普通の人は見るだけ見て帰っちゃうのに」
「どうも僕は完璧人間だと思われているんです。
弱点がない人間は好かれにくい。だから汚点がほしいんです」
天才の器質は昔からだった。
自分が目立った失敗や恥ずかしい思いをしたことがない。
「かまわないよ。ただ、ちょっと一本連絡をさせてもらえるかな」
「連絡?」
「すぐに終わるよ」
店主は今の時代にめずらしい黒電話のダイヤルをジーコジーコと回す。
「ああ、もしもし? 私です。汚店の店長です」
「子供ですよ」
「ええ、わかりました。お売りします」
電話を切ると店主はまたこちらに向き直った。
「おまたせしたね。汚点を売るよ」
そうして汚店で買い物を済ませた。
自分に汚点ができるなんて初めての経験だった。
それが嬉しくて翌日の学校では、はじめて自分の汚点エピソードを話した。
「……で、家でたところで気づいたんだよね。あ、これパジャマだって」
こんな小さいエピソードでもクラスメートは大爆笑。
「〇〇君にもそういうところあるんだね」
「失敗なんてしないと思ってた」
「なんかすごく親近感わいちゃった」
「あはは。僕だってみんなと同じだよ。かっこつけてるだけでミスもするさ」
汚点のおかげで今まで手の届かない神のような扱いから解放された。
クラスメートにも話しかけやすくなり、ヒガミや陰口の数もぐっと減った。
"話してみると良いやつ"には誰だって悪口を言いづらいのだろう。
その日もまた汚店に足を運んだ。
「いらっしゃ……おや、また君かね」
「こんにちは。汚点を買って本当によかったです。一枚壁がなくなった気がします」
「それはよかった。で、今日は?」
「また汚点を買おうかと。これと、これと、これをください」
「わかったよ。ちょっとまってね」
また店主は黒電話でどこかへ電話をかけた。
「ええ、わかりました。はい、はい、失礼します」
電話が終わると汚点の会計を支払う。
「いつもどこへ電話かけてるんですか?」
「それは言えないよ。個人情報だからね」
汚点をたんまり買い込んで店を出た。
自分に汚点ストックが多くなるほど友達も増えていった。
汚点を話すことで誰かの共感を得ることができる。
もうすっかり汚店の常連客になっていた。
そんなある日のこと。
「店長。ちょっといいですか」
「なんだい」
「この店にある汚点ってどうやって作ってるんです?」
「汚点は作るもんじゃないよ。できるものさ。
君のように汚点を買う人もいれば、汚点を手放したくて売る人もいる」
「なるほど……。そういうものなんですね」
「汚点は時代のまわりものだよ」
「時代は関係ない気が……」
汚店に足しげく通ったのは数年だった。
そのうち、自分で意識的に汚点を作れるようになったり、
汚点きっかけで別の新しい汚点ができるようになったり。
もう店で買い足すこともなくなっていった。
社会人になって数年後。
学生時代に自分のファンだった子にプロポーズした。
「ひとつだけ約束してほしいの」
「約束?」
「私、学生のころの完璧だったあなたが好き。
だから、結婚したらまた昔のように欠点ひとつない
あの頃の神のようなあなたに戻って欲しい」
「……君が望むなら」
「うれしい!」
結婚は条件付きでOKとなった。
プロポーズしたその日、ひとりで久しぶりに汚店を訪ねた。
「いらっしゃい」
「店長さんお久しぶりです。まるで年齢変わってないですね」
「……ああ、あのときの子か。ずいぶんご無沙汰だったねぇ。
今日は何個汚点を買っていくのかね」
「いえ今日は……売りに来たんです」
「それは珍しい」
「好きになった子が欠点のない自分が好きだと話してて。
僕は自分の汚点をここですべて売ってしまいたいんです」
「うちは構わないが……汚点を手放してしまっていいのかい?」
「もう大勢に好かれる自分である必要もなくなったんで」
「わかったよ。それじゃ汚点を回収するね」
店長は自分からすべての汚点を抜き取り、店に並べた。
「これでよし、もう汚点はすっかり記憶から消えただろう」
「ええ。店長ありがとうございます。ただひとつお願いがあるんです」
「なにかな」
「もし……もし、自分の汚点を買いに来る人がいたら
電話を一本だけいただけますか?
その人に売っていいかを判断したいんです」
「かまわないよ。でもどうしてそんなことを?」
「妻が自分の汚点を買って、汚点がバレることを避けたいんです」
「徹底してるねぇ。わかったよ。かならず電話して聞くことにする」
「ありがとうございます」
そこですべての汚点を精算し、家に帰れば昔の完璧な自分に戻った。
なにをやってもスマートで完璧にこなす自分に妻は嬉しそうだった。
やがて子供が生まれ、汚店のことなど忘れるほど忙しい日々になった頃。
「あなた、電話来てるわ」
「誰から?」
「それが名乗らないのよ……ちょっと怖いわ」
「貸して。……もしもし?」
電話ごしに尋ねると、懐かしい声が聞こえてきた。
その声は老いることなく記憶にある声そのままだった。
『ああ、もしもし? 私です。汚店の店長です』
「店長!? お久しぶりです。
まさか、自分の汚点を買いに来た人が来たんですか?」
『……はい、よろしいですか?』
「ちなみにどんな人なんですか」
『子供ですよ』
「子供……ああ、それなら大丈夫です。売ってください」
『ええ、わかりました。ではお売りします』
電話を切ると妻が不安そうに見ていた。
「だれだったの……?」
「昔、売りに出したリサイクルショップからさ」
適当にごまかしたら妻は納得してそれ以上を聞くことはなかった。
(汚点が欲しくて買いに来る子供なんているんだなぁ……)
まさか売れるとは思ってなかったし、
その買い手が子供だったのも意外だった。
まるで昔の自分を見ているようで、ノスタルジックな気分になった。
さっきの会話もなんだか懐かしい気持ちになる。
「なんか、前にも聞いた気がするなぁ……」
その頃、汚点の店長は黒電話の受話器を置くと、小さな客に振り返った。
「おまたせしたね。汚点を売るよ」
汚点を売るなら、シックオフ♪(店名は作品中に一度も出ない) ちびまるフォイ @firestorage
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