9月25日

「やあ、今日がいよいよ運命の日だよ。私に電話をするか、彼女の手を取るか。」

僕は彼女に告白するよ。


そう僕が言うとメイルはこれ以上なく面食らった顔をした。神様も豆鉄砲は食らうらしい。

こんな顔は今までの人生でもなかなかお目にかかれないな。


「冗談だろ?世界が終わるんだぞ?

分かった。君に考えらしき考えなんてないんだろう。現代病に侵されているんだ。刹那的な考え方だ。そんな暴挙を容認するわけにはいかない」

うるさい。なんとでも言ったらいい。


「よく考えるんだ。君が告白しようとしている存在は人間じゃないんだぞ。まして生物ですらない。理性があるかも分からない。ただのシステムなんだよ。

システムに告白するやつがあるか。」

嘘だったって言うのか?彼女の挙動何一つとっても。


「そうだよ。君を依代にするために取った行動だよ。君を拐かすのがいい方法だとあれは割り出したんだ。」

じゃあ依代になる事を交換条件に出せば付き合えるのか?


「救いようがないな。君は。

全部なくなるんだよ。君と"彼女"との今後も。

それどころか今まで起こったことすらも。

大変な事だろう。

あれに告白するというのが無意な行動だとどうか分かってくれ」


それでも、僕は彼女が好きだ。

なあ。都合の悪いことは話さないのか?善の神の癖に。


最初に会った時、お前は今が十万と三千七百九十四回目の邂逅だと言った。

善なる選択肢を選んだとしてもこの先の未来は保証されていないんだろ?

だから世界が繰り返されているんだ。そうだろ?


「はあ。もはや聞き慣れた難癖だね。大きな役割のために小さな役割を必要に応じて捨てる。システムとして当然の事だろう。

君らの作る出来の悪いカラクリとは違う。私らはそんな簡単な事でエラーは起こさないよ」

時間が巻き戻っている理由はなんだ?


「時間を巻き戻しているのは僕じゃない。悪神が今回は粘り強いんだ。

君が僕へ電話をかける事によって僕の空間と君の世界が窓口で繋がるんだ。それによって私は世界を善にする。そうすれば悪神は負ける。

だから負ける寸前であれは時間を巻き戻しているんだ」

悪神が諦めたらどうなるんだ?


「さあね。ただ悪神が完全に目を覚ませば世界は終わる。それだけは確実だ」

なあ。今僕はひどくあやふやな土台に立っていると思わないか。

善悪の勝敗をつける人間は誰が選ばれていてもおかしくなかったとお前は言った。

そうして折角つけた勝敗の先の世界はどちらにしろ補償されていない。

今じゃ世界は核で滅ぶし、十分前には世界が始まってなかったなんて仮説も出たりしてる。


「だから君が滅亡の引き金を引いてもいいと?

よく考えたまえ」

僕は彼女が大好きだ。山本ちひろが好きだ。


彼女の発する一言一句が。挙動の一つ一つが俺の心臓を熱くさせるんだ。

「馬鹿な。あれの名前は山本ちひろじゃないって言っただろ」

なんだか、意識がぼやけてきた。


「あーあ、もうお目覚めか。随分気合が入ってるね。まだ朝の六時だってのに。

まあいいよ。私は君の判断に干渉出来ない。

結局私が何を言ったって最後には君の勝手さ。

せいぜい頑張れ。選択したら泣いたって後戻りできないんだぞ」


ぼやけて崩れていくメイルの姿を見て僕は呟いていた。


恋は盲目って言葉があったな。理性で色恋沙汰が片付くかよ馬鹿野郎。


***


朝起きて、僕は告白の方法をインターネットで一通り調べたが、結局僕の考えるストレートな告白がいいかなと思った。

 家を出た。


東京の道を歩く。この東京も今日で見納めと思うと少し感慨深いものがある。

三ヶ月の付き合いだった。


東京には相変わらず高層ビルが立ち並んでいて、道ゆく人々は何時だってわんさかいる。

僕は彼ら全員の人生を犠牲にして今から彼女に告白するんだ。そう考えると少し悪いと思わなくもないが、そう言った感情も日が変わる前に無くなってしまうのだ。

「今回ばかりは貴方も私も災難ね。こんな日まであいつの勝手な行動に付き合わされているのだから」

出会ってから彼女が発したのはそんな台詞だった。


僕は彼女のところまで歩いて行って、彼女はようやく僕の事を見てくれた。

その姿は相変わらずの彼女だった。

なにも変わっていない。この夏の数多の思い出を過ごしたあの山本ちひろちゃんだ。


「来たよ。ちひろちゃん。

東京の景色はどうかな。綺麗かな」

「そうね。

でも、これは貴方を拐かすために形作られた感情に過ぎないの」

「知ってる」

彼女は僕にいちいち確認する様にそんな事を聞いてくる。


もしかしたら彼女は俺がここに来ないと思っていたのではないだろうか。知った現実があまりに深刻で。


ここに来た理由は簡単だ。準備していた事を言うだけだ。

やっぱり、緊張するなあ。女の子に告白するなんて初めてのことだから。

でも僕は勇気を振り絞って口を開けた。


「君が好きだ。付き合ってほしい」

「いいよ。世界が滅んでもいいのなら」

彼女は事もなげに返答する。


まるで自信が何か大きな法則によって動かされる機関のように。

その様子を見ていると彼女が、僕の知っている山本ちひろではない様に見えた。

「君は!生きている!

たとえ君が悪神の一部だろうと、大きな世界の法則の一部だろうとも、俺を拐かすためだけに作られた感情でも、君は確かに笑って、時にはミステリアスに俺に話しかけてくれた。


現実を見ていないのはどっちだ!君は生きている!どう足掻いたって生きている!百人中百人がそう答えるだろう!悪神がなんだ!システムがなんだ!そんなのなんだって言うんだ!僕は君が好きだ!君が何者だろうと、いかなる結末を君がもたらすとしても!君が好きだ!」

僕が一生懸命に告白したって今日の彼女は無表情だ。


いよいよ電話が鳴り始めた。

不躾な着信音が僕をまた、十万回目のつまらない予定調和へと誘おうとしている。


「やっぱり君の考えはおかしいよ。ひねくれ男さん」

「おかしいよな。でも、どうしようもないんだ。君が好きで好きで、仕方がないんだ。パフェを奢ったご褒美に貰ったキスのシーン。それが俺の頭の中で離れないんだ。

同じく君と過ごした一ヶ月と少しの時間が」

正直に。ありのままを伝えた。

彼女はそれに答える様に今までの無表情を崩して笑った。ちひろちゃんの笑顔だ。


「いいよ。じゃあさ、手を繋ごう。二人でおまじないを唱えるの」

僕は彼女の言われるがままに手を繋いだ。


「おまじないって?」

「世界を滅ぼすおまじない。一緒に言って」

「「ザイウェソ ウェカソ ケオソ クスネウェ ルロム クセウェラトル」」

俺と彼女との言葉がぎこちなく重なり、折り重なっていく。

「「メンハトイ ザイウェトロスト ズイ ズルロゴス ヨグ ソトース オラリ イスゲウォト、ホモル アタナトス ナイウェ ズムクロス イセキロロセト クソネオゼベトオス アザトース」」

空には亀裂が走り、巨大な地鳴りがする。


冨岡八幡宮から新宿へ光の線が走り、新宿から浅草、浅草から東京タワー、東京タワーから護国寺へやがて冨岡八幡宮で繋がる。

江戸城跡を中心に、東京に巨大な五芒星が書き出された。それは二人で散歩した思い出の道だった。


「「クソノ ズウェゼト クイヘト ケソス イスゲボト ナイアーラトテップ ズイ ルモイ クアノ ドゥズイ クセイエラトル イシェト ティイム クァオエ クセエラトル フォエ ナゴオ ハスター ハガトウォス ヤキロス ガバ シュブ ニグラス メウェト クソソイ ウゼウォス」」

僕と彼女は手を繋いで顔を見合わせた。


「君の本当の名前を教えて欲しい」

「人間の舌じゃ発音できないのよ」

すこし冗談めかして彼女が言う。でも本当なんだろう。だったら仕方がない。

「君の事、なんて呼んだらいいかな」

「ヨグ・ソトース。それが一番近い名前かも」

不思議だな。今まで彼女の名前すら知らなかったなんて。



世界の終わりに際して考えるべき事。それは一体何だろう。僕にはさっぱり分からなかった。

ただしかし、今、着実に世界は終わりを迎えようとしているし、世界が終わったらこの先の未来は無くなってしまう。いや、結果的に何もかも無くなるのならば過去も未来もこの現在も無くなってしまうのだ。そう彼はいっていたな。


展望台の窓から見える景色はとても現実のものとは思えない有様で、紺碧の大空には大きく亀裂が走り、裂け目に東京の街並みが吸い込まれていく。


人の営みの証が。高層ビルの残骸が。新幹線の車両が。折角埋め立てて作った土地も。全てが飲まれていく。

やがてこの亀裂は世界を覆い尽くすだろう。

ただ一つ、世界を劈く轟音の中でか細く鳴る携帯の着信音が僕に現実を呼び掛けている。


世界が終わっていく。


「ねえ、思い出した?あの映画のラストシーン」


そう語りかけてくるのは僕の彼女だ。決して文学的な言い回しではなく、僕の恋人。

映画のラストシーンは確かこうだった。ビルの最上階で二人が愛の告白をして、そのタイミングで主人公の仕掛けた爆弾が、周りのビルを崩していくのだ。それが暗示するものは文明社会の崩壊か、主人公の心模様を現しているのか、少し考える必要があるけれど。


しかし、こんな壮大な世界の終わりを月並みな映画のラストシーンで片付けてしまうなんて癪な話だが、僕はそんな彼女の性格も大好きだった。


彼女が僕の顔を覗く。僕も彼女の顔をじっと見つめる。

「キスしよう」

「いいよ」

「私は君のしてくれた選択、嬉しく思うよ」


世界を終わらせる引き金を引いたのは僕だ。


それについて弁明する気持ちはない。

数々の人々の人生を踏み躙っただろう。僕よりも希望を抱いて人生を歩んでいた人もいただろう。自分でも傲慢な選択をしたと思っている。


いや、やっぱり実感がないのかも知れない。ほんの小さな選択の違いで世界が滅んでしまうなんて、常人には頭で理解ができていても現実にそうなるなんて思わないだろう。


しかし、全てが終わった後、過去も未来も無くなってしまうのなら、どうでも良いことなんじゃないか。


それに僕じゃなくてもいつかはその引き金を引いただろう。神様の気が少しでも違ったら他の誰かが引き金を引いた筈だ。


「まだ少し時間があるけれど、どうする」

「君の事がもっと知りたいな」


もう迷わない。僕は世界を犠牲に君に踏み出したんだから。















おしまい the end or happy doomsday

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世界の終わりを中心に叫ぶ Shouting about doomsday. たひにたひ @kiitomosu

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