9月12日(分岐点)
彼女と水族館の帰り、レストランで二人してディナー後の休憩を楽しんでいた時に、誰かから電話がかかってきた。こんな時に、こんな僕に一体なんの用だろう。
「やあやあ、私だよ。」
「お前は」
メイルからだ。
「いや、君は何も喋らないで良い。君の身体状況を私は逐一把握できるから。」
いきなり電話を掛けてきてなんて横暴な野郎だ。
お前は夢の中の存在じゃないのか?
「そんな時もあったね。」
おい。なんで僕の思考を盗んでんだよ。夢の中じゃないんだぞ。
「関係ないよ。
それでね。九月二十五日を待たずに私が電話を掛けたのにはしっかりと理由があるんだ。
詰まる所勝利宣言をしようと思ってね。」
誰に?
「悪神さ。どうしてそんな煽るような事をするのか疑問だろう。善の神らしくない事をしている様に見えるからね。」
いいや。お前なら全然するだろ。
「違う。これは互いにとって良いことさ。今回ばかりは私と君との窓口が広すぎる。この状況から悪神の逆転はないだろう。だから早めに勝ち目のない状況を悪神に伝えて今回は両者休憩しようって事さ」
そんな事を言われても僕にはどうすることも出来ない。大体今ちひろちゃんと一緒なんだ。彼女のために何かする以外に今するつもりはない。
「まあまあ、そうカリカリしないで欲しいな。だからね、彼女にこそこの事情を教えてあげたいんだ」
はあ?なんでそこでちひろちゃんが出てくるんだ。関係ないだろ。
「あー、うん。それは彼女自身が言ってくれるさ。良いから変わって」
困ったな。ちひろちゃんだってこんな不審者に急に電話越しにある事ない事言われても困るだろう。
僕が頭を抱えて悩んでいると、テーブル越しの彼女が気になって話しかけてきた。
「多場くん、なにかあったの?」
「ほらほら、彼女が私をお呼びだぞ?」
「ちひろちゃん。少し迷惑かも知れないけれど、電話相手が君と話したいって言っているんだ。変わってくれる?」
「いいよ」
僕は嫌々ながらも彼女に携帯電話を渡した。
彼女が俺の携帯電話を受け取ってからというもの、彼女は神妙に受け答えをしていた。
「多場くん。少しトイレにでも行っていてくれる?
後で全部話すから」
僕は彼女に促されるままにトイレへと向かった。
***
「ねえ、このケータイ捨てていい?」
トイレから帰るなり、メイルとの会話を終えたちひろちゃんはそんな事を言い出した。
いくらちひろちゃんでも携帯電話を捨てられるのは困るかな。
「あいつと何を話したの?ちひろちゃん」
「うん。あいつがまた嫌みたらしく説教垂れてきただけだよ。
それで君に私の事全部話せってさ」
さっきから気になっているのだけれど、全部話すって言うのはどういう事なんだろう。
それに彼、メイルと彼女はどんな関係なんだろうか。
なんか、僕だけ置いてけぼりだな。
「取り敢えず、外出よっか」
僕とちひろちゃんはレストランを後にした。
会計は二千五百円。
僕が千五百円、彼女が千円出した。
注文内容はちひろちゃんの頼んだハンバーグセット、ドリンクバー、僕はスープ付きのグラタンを頼んだ。追加で彼女はスイーツを幾つが食べていたが彼女の満足そうな顔が見られたから僕は満足だ。
さて、レストランの入り口に備えてある小さな鐘を景気よく鳴らし、外に出て僕と彼女はしばらく黙って道を歩いた。
僕と彼女が行き着いたのは公園だった。
夜の公園は少し不気味と言う人もいるが、僕は風情があって好きだ。公園からは街の雰囲気がよくわかる。
僕は彼女に促されるままベンチに腰を下ろした。
彼女は立ったままだった。
彼女は隠していた事を俺に話してくれるようだから、僕は黙って聞くことにした。
「今から全部話すよ。何て言ったらいいんだろう。私自身もまだ収集がついていなくて、自分の気持ちがどんなものなのか、まだ分からないの。
多場くん。私はね、悪い神様なんだよ。
正確にはその一部なんだけれど、どうかな。こんな事を聞かされて。
今私は悪い神様として存在しているけど、でも山本ちひろっていう人は確かにいたの。
彼女はとっても不運な人でね。彼女の兄がオカルト好きで、悪魔召喚の儀式をしていて、偶々何かの間違いでその儀式によって悪神の一部に触れちゃったんだよ。
それで彼女はその皺寄せを食らって、依代になって私がこの世界に出てくる事になったの。
私の役割は私の全てこの世界に顕すこと。
彼女の兄は儀式で死んでしまったから、別の人をその依代にしようと思ったのだけれど、私は貴方が気に入ったみたい。
この世界ってどうやって出来たか知ってる?
実はね、最初っから世界なんて出来ていないんだよ。世界なんて存在しないの。
全部夢だったの。私の見ている夢がこの世界なの。
それでね、私がこの世界に完全に顕れれば、善と悪の境界線がなくなる。二つのうち一つが消えるの。光と影、勝ちと負け、本を開いた状態、閉じた状態。どちらかしか残らない。
だからこの世界が崩れていくの。夢の世界が無くなれば、最後に私は夢から覚める。
それが私の役割なの。
だけれど彼が私に勝てば悪はこの世から消える。私は消えてしまうの。夢を見ているのは私だから、私が消えたら私は永遠に目が覚めなくなる。
実際、自分の夢で自分が殺される事なんてあるのかしら。だから彼、メイルがこの戦いに勝てば世界はまた存続していくのかも知れない。
私にはその先のことは分からないけれど、私の役割ではないから関係ない。
これで分かってくれたかな。
私と付き合うっていうのはそういうこと。
貴方がどれだけ私を好きでも、流石に世界の終わりを天秤にかけられたら躊躇ってしまうでしょう?
君は今真実を知ってしまったから、今回は彼の勝ちね。
世界を滅ぼせなくて残念。」
僕は彼女の言っている事に何一つ返事を返せなかった。訳の分からない事を言われて頭が追い付かないという事もあるだろう。
しかし、それよりも考えていた。だったら僕が恋していた人は一体誰なんだろうと。
僕の渋滞した頭とは裏腹に、彼女は俺を置いて去ってしまう。
彼女が去っていくのを黙って俺は見ていた。
九月二十五日まで、彼女のケータイは繋がらなかった。
きっと今回はもう諦めたんだろう。メイルに促された通りに。
もう全てが癪に触る。こんなのどちらをとっても誰かの手のひらの上じゃないか。
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