詰まらん話にカンカンで、あらぬ結末にガクガクだ。



「不味いな、このままじゃあ大学に遅刻しちゃうなと、L子は土砂降りのの中大学への道を突っ走っていた訳だ。そこで橋に差し掛かった、其の橋は猛烈な土砂降りや突風で落ちていた。


こりゃどうしたもんかなと思った。このままじゃ授業に間に合わない。そんなところにB夫が現れた。B夫は言う、


『このクルーザーで君を乗せて回り道をして学校まで送ってやろう。僕は君が好きだから、態々時間を割いてそうしようじゃないか。ただ僕は暇じゃない。時間分のお金は頂くよ』


L子はB夫の誘いを断った。

『そうかい。だったらそうすればいい』


B夫は去って行った。

次にL子の前にS夫が現れた。

『君が好きだ。だから僕とセックスさせてくれたら僕は車で君を乗せて学校まで行ってあげる』


L子はその提案を承諾し、車で遅刻する事なく学校に着いた。

と、彼女に話しかける奴がいる。彼女と恋仲のM夫である。

『学校、随分ギリギリに着いたね。土砂降りだったけれど大丈夫だったかい』


彼女は偽る事なく今までの動向を話した。

『君は、僕以外の奴に身体を売ったのか』


彼女は彼と別れることになった。さて、今日の授業が終わり、L子は帰路に着いた。

校門には一人の男が両手を精一杯広げて立っていた。

『L子さん。君の今までの事!全部見ていた!君が好きだ!結婚して欲しい!』L子は彼の告白を受け入れ、ハッピーエンドだ」


思えば、この僕がハッピーエンドなんてこの無味乾燥な物語に感情的なものを上乗せしてしまったから、おかしな方向に話が進んでしまったのかもしれない。

この話を聞いて、やはり二人はつまらんだの、どうしてそんな話をしたんだとか言ってきたが、問題は話の面白さじゃない。


「これは心理テストなんだよ。L子はラブ、B夫はビジネス、Sはセックス、Mはモラル、Hは ホーム、それぞれの要素を象徴したものになってる。一番嫌いな奴は誰だ?それが今君が最も苦手な要素なのかも、とその講師は言っていたよ」

「成程、ただのつまらん話ではなかった訳だ」


暫しの沈黙、本田は酒をつぎ足し、ガーボーはなにか呆けている。ガーボーは若干の煮え切らない心持ちではあるけれどしぶしぶといった感じで口を開いた。

「あたしは性交渉を迫ってきたクソ野郎が気に食わねえな」


ガーボーは僕の話が終わるなり、そういった。驚くことに、目を擦っても女性に見えない彼女にも乙女の心があったらしい。

「成程、ガーボーが苦手なのはそこら辺の問題だってことだな。因みに叉場はどうなんだ?」

「僕が嫌いなのは仕事君だな。僕が純愛ちゃんだったら間違いなくぶっ飛ばしてるだろうな」

しかし、考えてみれば物語の特性上、主人公として描かれている純愛ちゃんにどうしても感情移入してしまわないか?それは心理テストとしての本来の目的をしっかり果たせているのか?


「俺はなあ、強いて言うなら純愛ちゃんだな。いや、やっぱり分からんといった方がいいだろう」

「その心は?」

「この物語は根本から成立していないからだ」


グラスに注いだ日本酒をぐいっと飲み、口を開いた。大概本田がこんなことをする時は、喉元に妙につっかえて出てこない言葉を無理やり吐き出そうとしているのだ。

「大体、何なんだこの話は。作品としての魅力を全く感じない。

まずテーマは何だ?俺に一体何を言いたいんだ?そもそも人物の心理状態すら全く分からんじゃないか。主人公は主人公のくせに自分のお気持ちを一向に表明しないし、男共はなんだ、最早ただ台特定の詞を言わせたいが為に出てきただけじゃないか。


だからな。俺の心を試したいって言うだったらなあ!一端の物語を俺に聞かせるべきじゃないのか?てめえの見てる世界は何だ!てめえのやりてえ事は何だ!言葉足らずで、あらゆる箇所が杜撰に書かれすぎて、終始支離滅裂で言いたいことが何なのか訳が分からねえよ!」


単なる心理テストに、あくまでそんな創作論をぶつけるのは酒に酔っているからとしか言いようがない。僕もまた、日本酒の瓶を傾けグラスに注ぎ、それをぐいっと飲み干した。


喉が焼けるという感覚を味わったのはこれが初めてかもしれない。喉から腹の中に消毒液が一杯に広がっていく感覚だ。これは明らかに健康を害しているな、という実感があった。

「だったら!一体どんな物語にすれば良かったんだ?」


無自覚に、グラスを卓袱台に叩きつける様に置いた。口から吐く言葉は怒声とも取れるくらいの感情と勢いがあった。

本田は大仰に両手を広げ、僕の問いに答えた。

「男と女の色恋沙汰!縦と横の糸が絡んで綻んでその行先は世界滅亡の危機だろう!少女は大好きな男を取るか、世界を取るかの二者択一を迫られるのだ!」


成程。ありきたりだが心理テストにしては素晴らしい筋書きじゃないか。

「だったら仕事とは何だ!」

本田は背を張り、またも大仰な仕草で答える。

「それは大人になると言う事!守りたい物のために全てを妥協し、座右の銘と金科玉条を捨て、それを育て上げる覚悟だ!」


ガーボーも今まで呆けていたが彼女もまた日本酒を今度は直に口をつけて残り少なかった瓶を飲み干した。

「それは大義!十万払えないなら君を捨てるなんて冷たい言葉を困っている子に吐きかけるのは彼女を潰して余りある巨大な理念があるに違いないんだ!」


彼らの口にする事は流言飛語も甚だしかったがしかし、情動には余りなかった。

「性交渉とは!」言葉が続く。

「残酷な事!その色は十人十色、千変万化組み合わせによって愛の育み方、向き合い方はそれぞれ違うが他人から見れば一律で!それは嫉妬と裏切り、黒くて悍ましいものだ」

「違う、それはやっぱり愛の証だ命を育む神聖な行いだ!実際我らは人間という形を成す前からそうやって子々孫々反映してきたんじゃないか!」


「だったら倫理とは何だね」

「時に破られてしかるべきもの、倫理を覆した先に過激な人間ドラマが生まれる」

「慈しむもの、無慈悲なもの、傲岸不遜なもの」「家庭とは」「蠱毒、帰るべき場所、歪んだもの、あらゆるトラウマの温床」「結局は包み込んでくれるものさ。いや、でも結局実際のところあたしんところの家族も聞いちゃいけない暗黙の了解が多いか、ううむ」「なあ、やっぱり仕事君に関して言うのだったら」

以下、身の蓋もない口論が続く。


さりとてこの無味乾燥な物語に創作論を加え、味を添えたいなら一つ、僕が気になっている奴がいる。黒幕みたいに現れて純愛ちゃんを掻っ攫っていく家庭君の事だ。彼は一体何者だろう。本当に最初から全部見ていたのだろうか。それとも虚勢を張った末のはったりなのだろうか。


でも実際彼のプロポーズは受け入れられた訳だし、彼からは兎に角終始、謎の余裕が感じられる。橋を壊したのは彼だったり?男をけしかけたのも?それで全部愛すなんていってるのか?一体何者なんだろうなあ。

だがね、この人物が何者かの代弁者だったとするなら、思い当たる節がないでもない。そうあれかしとこの筋書きに無意識に願った誰か。


ごめんやっぱり分かんないや。


「なあ、こんな話くそ詰まんないからさ、俺たちでなにか一つ、これを元に物語を作ってみないか?」

二人は立った。


「おい、どうして席を立ったんだよ」

「演劇形式でやろう。折角酔っぱらっていることだし」

おいおい。何を言い出してんだこいつは。大体、僕は知っている。ガーボーは兎も角、本田に関しちゃあ全く酔っぱらっていないなんて事。こいつは酒が強いんだ。酔っぱらうとしたら酔いつぶれる僕を傍らに、自分の酒の強さに酔うくらいだろう。


そもそも、そんなこと言ったって圧倒的に役者の数が足りないじゃないか。少なくとも後二人は必要じゃないか?


「いいから立てよ。そんな事、後からどうにでもなるだろ」

まあいいか、僕もそこそこ酔ってるし、何となく何とかなりそうだ。宿題みたいにな。



「さて、じゃあ大まかに誰がどんな役をするか決めようか。」

とは言ってみたものの、そもそも舞台は何時の何処にしようか。


「僕は、そのままやる気はないよ。現代の日本なんて面倒な舞台じゃあ話をすぐに組み立てられないし」

「じゃあファンタジーな世界観にしようか。ヨーロッパ中世の童話みたいな」

「あたしもそれで賛成」

ああでもそういえばヨーロッパの中世といったってイメージできなそうなのが一人いる。


「カンバリ入道さんはヨーロッパの中世的な雰囲気は分かるかね?」

カンバリ入道さんは顎鬚をザリザリと摩りながら顔を顰める。

「ちょっと分からんかのう」

「まあ何とかなるだろ」

まあ、大きな支障はないだろう。僕らだって役者って訳じゃない。これは単なるおふざけに過ぎないんだから。カンバリ入道さんには適当に合いそうな役を宛がう事にしようか。


「よーし、そんじゃあ決まりだな。ガーボー、叉場、お前らはどんな役やりたい?」

張り切っちゃあいるがもう大抵役は決まった様なもんだろう。そもそもこの物語に女性は一人しか出て来ないしな。

「ガーボー、君は問答無用で純愛ちゃん役だろう」

「ほう、あたしが」


ガーボーは低い声でそう言ったあと自分の腹をポンと叩いた。おいおいおい。くれぐれも女性らしく振舞ってくれよ。

「本田、たぶんカンバリ入道さんはちょっと荒っぽい役が似合うだろうし、彼には性交渉君を宛がう事にしよう。残る倫理くん、仕事くん、家庭くんどれがやりたい」

役者が少し足りてないがまあ、誰かが一人、二役を兼ねればいいか。

「俺はどっちでもいいぜ」

そんな回答は一番困ると今迄の人生で学ばなかったのか。


「僕だってどっちでもいい」

どっちにしろ、詮無い事だ。

「それじゃあ早速始めようか」


「開演」


***


(そこは古く寂れた田舎の村、川が両国を隔てる地に、一人の娘がいた。娘は退屈していました。来る日も来る日も畑仕事、太陽はただ見守り明けては沈む。隣の国では賑やかに、今日も祭りが催されていました)


娘 そろそろかしら、彼はまた、ここに来てくれるかしら。私の愛おしい彼、けれど、両岸を隔てるのは激流の大河。向こう岸に渡ることは出来ません。


(暫くすれば向こう岸に男が現れ彼女に向かって手を振る)


娘 ああ!彼が手を振っているわ。名前も知らない彼、顔もよく見えない、あなたの声も。けれどどうして、どうしてそんなにも魅力的なの?

河を渡り、一度会ってみたいわ。それに向こうもそう思っているに違いないもの。


(男は暫く時間が経った後、何処かへ行った)


娘 どうにかして向こう岸に渡れないかしら。


使者 そこな娘よ。如何した?


娘 嘆いているのです。


使者 一体どうして。


娘 川の向こう岸に渡りたいのです。この激流を超えた先に彼がいるのです。


使者 ふむ。五十キロ先に橋がある。私の馬に乗れば直ぐ着くであろう。そこまで連れいってやるのもやぶさかではないが。


娘 ああ、有難うございます!これで今度こそ川の向こう岸に渡ることができます!


使者 しかし、まあ『ロハ』で馬に君を乗せる程私は優しくない。少しばかり対価を頂こう。銀貨二枚でどうかね。


娘 ああどうして!そんな持ち合わせありませんわ!私はただの村娘だもの!どうして応酬を求めるのです!こんな幼気な娘に!


使者 いや、何となくね。しかし言っておくがね、この川は国境なんだよ。長年我が国と向こう岸の国は犬猿の仲なんだよ。彼の国に招かれたのは使者である私だけだ。向こう岸の国に君を渡らすのがどれだけ危険か分かってくれるかね。


娘 分かっております。


使者 君は分かっていないよ。向こうの国には王はいないらしい。君の様な貧乏人もいない。全ての富が平等に分配され、そんな楽園が長らく続いているらしい。


娘 それはとっても素敵な事じゃないですか。是非私に見せて下さらない?


使者 そうだな。それはとっても素敵な事だ。君はとっても不服だろうが。


娘 私の話を聞いておりましたか?そんな事はありません。私だってできる事ならそのような向こう岸で暮らしたいわ。


使者 家族や友人を捨ててか?


娘 冗談ですわよ。彼に会ったらすぐ帰ってくるわ。


使者 冗談じゃない。君は自分のことを幼気な娘と言った。君は幼気な娘に何が特別な権利や地位がある事を知っているから、自分の傲慢な要求が受け入れられなかった事を不服に思い、私を怒鳴ったのだ。


娘 なんて事を言うのです!貴方の顔なんてもう見たくない!早く私の前から消えて!


使者 言われなくても!お元気で。お嬢様。

けれど覚えておくといい。貴女の恋はきっと実らない。


(使者は馬で走り去っていく)


勇士 おうおう、先のやりとり、見せて貰ったぞ。娘よ。どうやら困っている様だな。その悩みを聞かせておくれ。力になれってやれるかもしれぬ。


娘 この川の向こう岸に渡って行きたいのです。


勇士 しかし河は激流、橋も無しか。わしならばこの川、おんしを背負って渡れるがのう。


娘 有難うございます!どうか私を向こう岸へ連れて行って!


勇士 まあ最後まで聞くが良い。わしとてこの河を渡ることは難しい。だから対価として一度、おんしの身体を味わってみたい。そうしたら向こう岸まで渡してやるとしよう。おんしのその端麗な美貌に感謝するんだな。


娘 ああだけれど、そうすれば彼に会うまでに私の身体は汚れてしまう。貴方も私に何か求めるのですね。


勇士 なんじゃ、体の一つ減るもんでもないだろうに。


娘 私の彼に寄せる思いは、それでは汚れてしまいます。彼よりも、貴方と先に交わったという事実を、私は彼と言葉を交わすたびに思い出すでしょう。そんなこと、耐えられませんわ。


勇士 良いではないか。渡れるのだから。


(娘は先に使者に言われた事を思い出した。私の彼への思いはこんな程度ではありませんもの)


娘 ごめんなさい。あなたの元へ行く前に、この身を汚す事、お許しください。


(娘は息を飲み、ゆっくり男の背に手を掛けました。彼女は河を渡りました。向こう岸に着いたら日はとうに暮れ、火なしで過ごすには、彼女の服は濡れ、あまりにも薄着でありました)


娘 寒いですわ。彼は次も来てくれるかしら、服も破けて、肌も少々汚れてしまいましたが、彼は私を許してくれるかしら


娘 そろそろ夜が明けますわ。長かったですわね。


娘 ああ、早く迎えにきてください。愛しの貴方。激流を渡ってここまでやって参りました。私を一度抱擁してくれるだけでも、私は幸せで満たされるのに。


娘 それなのにどうしてこんなにも、待っている時間が永遠のよう。太陽が、私の顔を伺い悪戯をしているよう。


(彼女が固い地面に腰を置き、岸辺の道が賑やかになる頃、一人の男が彼女を見つけました。彼女にはそれが向こう岸にいた彼だと一目見て気付いたのです)


娘 初めまして!川越しに貴方のことを見ていました。


彼 ああ、僕が毎日川に来ると手を振っていた、あの美しい女性のことか。


娘 そうです!その娘の事です!川を越えここまでやって参りました!どうか私を抱きしめて!


彼は娘に歩み寄る。彼女の姿を慈しむ様に。


彼 済まないがそれは出来ないのだ。愛しの君よ。


娘 何故です!


彼 僕の国は異国の者との恋を許さないのだ。君と恋をすれば当然、匿わなければならない。この国は全ての民に平等なのさ。僕はこれ以上奪われることも与えられることも許されない。


彼 どうして!どうして君は川を渡って来てしまったんだ!君がここへ来なければこの恋は続いていたと言うのに!どうしてそんな事をしてしまったのだ!


娘 ごめんなさい。ごめんなさい。けれどどうしても貴方に会いたくて。貴方の腕に包まれたくて。私こうせずにはいられなかったの。


娘 お願いです。どうか一度、一度でいいのです。私を抱きしめて下さい。


彼 それは出来ない。


(娘が涙を流し崩れる様を男はただ立ち尽くして見ていました。きっとこの話の結末は最初から決まっていたのです。彼女は、川を渡らずにはいられなかった。きっとそれが川でなく、針の筵だろうと、化け物だろうと、それを乗り越え彼女は此処へ来たでしょう。

行き着いた先がこの場所でなかったならばこの話はきっと幸せに終わったでしょう。


こんな事、許せますか?許せませんよねえ。絶対に許されない。彼女の頑張りをどれだけ見た事か。けれども話の筋書きは変えることが出来ない。それはどうしても犯してはいけない禁忌だ)



あなた「これだろ。お前の国の神の首」


彼 貴方は一体誰です?


娘 お願いです。お願いです。


あなた「大丈夫。もう理不尽に与えられても大丈夫だから。彼女を抱きなさい。さあさ早く早く」


彼 本当だ。今までの信仰心が霞となって消えていくような気がする。愛しの君。君の名前を教えてくれないか。


娘 エイレネです。


彼 愛しているよ。エイレネ。


あなた「いやあ良かった。二人は幸せなキスをして終了。めでたしめでたし」



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