第4話
「それでは出題します」
ごくり……。
「なかじーは、福岡県のどこの市の小学校に通っていたでしょうか」
「な、なかじーって?」
息子は困惑の表情を浮かべて固まっている。それもそうだ、なかじーとは、昔のヤングに大人気だったローカルタレントで、今時のヤングでなかじーのプロフィールを把握している人は少ないだろう。中学生では、なかじーを知っているかどうかも怪しい。
「ペッパー君、容赦ないな!」
「えへへ。済みません。若い子には難しい問題を出したらどうなるのかなっていう好奇心を抑えられなくて」
「人の心がない!」
「AIですから」
町内の皆さんは、おそらく答えがわかっている人もいるだろうに、気を遣って回答ボタンを押せずにいた。私は申しわけない気持ちでいっぱいだ。
「息子くん、いちかばちかで行ってみよう」
角の古木さんの言葉に押されて、息子は回答ボタンを押した。
「はい、息子!」
「……
ブブー。なかじーだから、なかがわし、だと思ったんだね……。
「正解は、
大きなため息が会場からあがった。
「では、次のクイズです」
ごくり。今度こそ頼むぞ、ペッパー君。中学生に有利な問題を出してほしい!
「マリンワールドという水族館にいるラッコの名前をお答えください」
「わかるかー! そんなもん」
「奥さん、落ち着いて!」
ペッパー君に詰め寄る私を、近所に住む原さんがとめてくれた。
ピンポン!
誰かが回答ボタンを押した。まさか……!
「む、息子……?」
真剣そのものの顔をした息子は、可愛い男の子の顔ではなく、大人に近づきつつある青年のそれになっていた。まだまだ子供と思っていたのに、いつの間にこんなに大きくなって……!
「ラッコの名前はリロくんです」
ペッパー君は何も言わない。
どうなの、ねえ、どうなの!?
「……正解!」
「……」
砂浜はあたたかな歓声に包まれた。
全ての野球チケットを配りおえた私たち家族は、福岡タワー近くのベンチに座って一休みすることにした。
「みんな、お疲れさま」
「僕さ、回答ボタンとかマイクとかの調整で、浜辺のはじから動けなくて、ずっと蚊帳の外だったなあ」
「縁の下の力持ち、ほんとうにありがとうね」
「いいけど。それにしても、よくラッコの名前を知っていたね」
夫に言われて、息子は少し照れくさそうに、
「彼女、ラッコが好きって言ってたから。いつかマリンワールドでデートするかもしれないと思って予習してた」と打ち明けた。
「ん? それなら野球よりマリンワールドに誘えば良かったんじゃないの?」
「それはまだ早い」
早いのか。そうか。ようわからんが、そうか。
私たち親子でそんなことを話していたら、すすすとペッパー君が私たちから離れていった。
「あれ、ペッパー君、どこ行くの?」
「もう用は済んだと思うので、また気の向くまま、街をさすらおうと思います」
「……あのさ、うちに来ない? 一緒に暮らしたら楽しいと思うよ」
「人に飼われる趣味はないので」
「そっか……」
「でも、ありがとうございます」
「元気でね。あと、今日は本当にありがと。すごく助かったよ」
「では、また来年お会いしましょう」
「来年って?」
「野球チケットは毎年配られるのでしょう? 来年もお手伝いしますよ。クイズは企画としてはヌルかったです。もっと刺激的な配付方法を考えておきますよ」
ペッパー君はするすると坂を下って、そのまま人混みに紛れてしまった。
「来年、楽しみだね」
「そうだね」
「そうかな!?」
息子だけが不安そうな顔をしている。
「もう、せっかくチケットを4枚もゲットできて、好きな子と野球にいけるんだから、今は楽しそうな顔しときなさいよ」
私がそう言うと、息子は変顔をしてみせた。なんなのそれ。どういう意味なの。照れ隠し?
夫も変顔をした。何それ。なに乗っかってんの。いや、私はしないからね。絶対にしない。やめなさいよ。チラチラとこっち見ないでよ。
……はあ。もう、しょうがないなあ。
<おわり>
ホークスの民 ゴオルド @hasupalen
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