第3話
「3丁目の皆さん、本日は「野球チケット争奪戦inシーサイドももち海浜公園」にお集まりいただきありがとうございます!」
砂浜に響き渡る、マイク越しの私の声。
歓声で沸く100世帯の皆さん。
ここはシーサイドももちという名の海浜公園内の砂浜だ。
砂浜に打ち寄せる波は穏やかで、若いカップルたちは靴を脱いで波打ち際で青春していた。ここからは福岡タワーとpaypayドームがよく見える。ここ以上にホークスの野球チケット争奪戦にふさわしい会場はないだろう。
「毎年恒例の野球チケットプレゼントですが、今回は50枚いただきました」
おお~という声が上がる。
「皆さんもご存じのとおり、3丁目は100家庭ありますので、全家庭にお配りできません。ですので、その手でチケットを勝ち取っていただきたい!」
おお~! という声。
「争奪戦の内容ですが、当初はプロレスを考えておりました」
お、おお~? という声。
「ですが、試合中に骨折などされると面倒だなと思いまして、今回はご当地クイズ大会にしました。皆さんが今手に持っているボタンは、クイズの回答ボタンですので、答えがわかったら押してください。早押しですので、頑張ってください」
お、おお~……という声。
「クイズの出題は、アシスタントの野良ペッパー君にやってもらいます。機械音声のクリアな発音で大変聞き取りやすい! よろしくペッパー君」
目をらんらんと輝かせたペッパー君は、両手をあげて挨拶した。
「僭越ながら、わたくしペッパー君が出題者を務めさせていただきます。人間たちが醜く争うさまを目の前で観察できるなんて、とても興奮します」
お、おう……という声。
「では、第一問!」
前置きもなくいきなり始まった。
みな固唾をのむ。波の音だけが静かに響いた。
「映像問題です。今から空中スクリーンに、ある食べ物を映しますので、その名前を答えてください」
ペッパー君の目からビームが出て、空中に映像を浮かび上がらせた。それは、小麦粉生地の中にあんこ等が入った食べ物で、背の低い円筒形をしている。
「これはなんでしょうか?」
ピンポン! と、誰かが回答ボタンを押した音がした。ええと、誰だ?
「あ、太田さんですね。どうぞお答えください」と、私が指名した。
「いつもお世話になっております、太田です。回転焼きだと思います」
ブブーとペッパー君は口で言った。
また、ピンポン! と音が。今度は誰だ?
「えっと、松宮さんですね、どうぞ!」
「お世話になります。松宮です。このまえの地域清掃は休んでしまって済みませんでした。
「正解! この映像は
私は補足情報を付け足した。
「蜂楽饅頭というお店で売っている回転焼きを蜂楽饅頭と呼びますが、他店で売っているものまで蜂楽饅頭と呼ぶかどうかは議論の分かれるところです。では、松宮さん、チケットをどうぞ」
「続いて、第二問! 福岡県にある世界遺産の名前を登録名で正しくお答えください」
登録名で……。これは厳しい。
「はい、伊藤さん、どうぞ」
「伊藤です。ことしは初孫が生まれました。宗像の沖ノ島です」
ブブー。
ピンポン!
「中村さん、どうぞ!」
「中村です。先月メタボ健診で引っかかりました。じゃあ、太宰府ですか?」
ブブー。
「これは正解は出ないんじゃないでしょうか。ペッパー君、ちょっと難易度が高めな問題でしたね」
「正解者ナシ! 残念! ちなみに正解は「「神宿る島」
「これを1字も間違えずに言える福岡県民は相当少ないと思われます!」と、補足を入れる私。
「では、第三問! 映像をごらんください」
今度は丸いお餅――梅ヶ枝餅が映し出された。
「
ピンポン!
「はい、田中さん!」
「こんにちは、田中です。皆さん、ゴミ出し時間は厳守していただきますようお願いします。それで、あれですよね、紫色のお餅、ね、食べたことあるんだけど、何あの紫の……」
ブブー。
ピンポン!
「今度は、えっと佐藤さん!」
「お世話になります、佐藤です。単身世帯なので、町内会の役はできませんので、よろしくお願いします。答えは古代米?」
「正解です!」
すかさず補足説明を入れる。
「通販とかでも売ってるので、興味のある方はぜひお試しください! 佐藤さん、はいチケット」
そんなこんなで、順調にチケットがなくなっていき、残り5枚を切ったところで、息子が突然反抗期を迎えた。
「俺だって……、俺だって3丁目ファミリーなんだ! 俺にもチケットをもらう権利はあるはずだろぉぉぉ!」
「急にどうしたの、息子」
「俺もクイズに参加させてよ。どうしても4枚欲しいんだ!」
「無理すぎること言わないで」
「どうしたんだい、息子くんは。何か事情があるんだね?」
角に住む古木さんというおじいさんが、息子に優しく問いかけてくれた。
「俺、実は好きな子がいて……、この前、うちの地域では野球のチケットをもらえるって話をしたら、その子が行きたいって言ったんだ。でも二人きりは困るから、4人なら行っても良いって。それで……」
半べそ状態の息子がそう訴えると、3丁目の中年男性たちが息子のまわりに集まった。
「息子くん、これ、あげるよ」
「好きな子とうまくいくといいいな」
「おじさん、応援するよ」
なんと3人の男性が、苛烈なクイズ戦を勝ち抜いてゲットした野球チケットを息子にプレゼントしてくれたのだ。
「そんな、悪いですから……。ほら、息子もチケットを返しなさい」
私はそう言ったのだが、男性たちはいいんですいいんですと言いながら、息子に声をかけて帰ってしまった。
「あとで……お礼に行かないと……ぐぬぬ」
面倒くさいことになってしまったが、息子が嬉しそうに涙を浮かべているのをみて、何も言えなくなってしまった。
「息子くん、あと1枚足りないから、クイズを頑張ろうね」
ほかの住民から回答ボタンを手渡された息子は、真剣な面持ちとなって、回答ボタンをしっかりと握りしめて、構えた。
「勝手にクイズに参加することになってるし……」
ことしも苦情が来るかもしれないな。でも、この母、それもあえて受け止めようぞ。恋愛成就を目指して全力で挑んでくるがいい、息子よ!
「じゃあ、ペッパー君、次のクイズをお願い!」
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