第2話

 コンビニに行くと、肉まんもプリンもアメリカンドッグも売り切れで、ほかのものを買って帰ることにした。

 売り場をぶらぶら眺めて歩いていたら、ペッパー君が雑誌コーナーに立っていることに気づいた。

「ペッパー君じゃない、こんばんは」

「あ。三丁目の奥さん」

 ペッパー君はぎょろりと目を動かして私を確認すると、持っていた雑誌を棚に戻した。

「雑誌見てたんでしょ。いいよ。続けて?」

「いえ、雑誌の付録が気になっただけですから。手づくりロボットキットだそうですよ。ご家庭で簡単にロボットが作れるんだとか」

「へえ」

 ペッパー君というのは、ソフトバンクが開発したロボットで、白いボディに少年の声、魚のような黒々とした瞳がちょっとミステリアスなのが特徴だ。

 ペッパー君は法律上はモノ扱いであり、基本的に誰かの所有物ということになっている。だが、一部のペッパー君は、AIを進化させて自我を持つようになり、所有物であることをよしとせず、自由を求めて逃げまわっている。いま私の目の前にいるペッパー君もそうだ。いわゆる野良ペッパー君というやつだ。

「あのね、今日、ソフトバンクの人が町内に来てるから、用心したほうがいいよ。見つかったら連れ戻されちゃうんでしょう?」

 ペッパー君は無機質な目で私をじっと見つめる。

「それって野球のほうの社員ではないですか? ロボット事業の社員ではないでしょうから心配いりません」

 そこまで言って、急に何かを思い出したように、

「でも、お気遣いありがとうございます」と、付け足した。

「それにしても大変だね、ずっと逃げ回って。うちに来てもいいよ」

「人に飼われる趣味はないですね」

「別に飼うつもりはないけど。ひとりは寂しいんじゃないかなって思って。それにうちも助かるし」

「寂しくはないですよ。こう見えて友達は多いですし。野良アイボとか野良セガサターンとか野良マックとかいろいろいます」

「ふーん」

「……あと、奥さんが助かるとは?」

「ん? ああ、いや、ちょっと困ったことがあってね。AIだったら良いアイデアを考えてくれるかもって思っただけ」

「良かったら話を聞きましょうか」

「いいの?」

「ええ。少しぐらいならお手伝いしてもいいですよ。人のために作られたロボットですから、人を助けるのは嫌いじゃないです」




「というわけで、野良ペッパー君にアドバイザーとして来てもらいました」

「こんばんは、お邪魔します」

 ペッパー君をダイニングに連れて行くと、夫と息子は目を丸くした。

「うわ、俺、野良ペッパー君とか初めて見た!」

「いつも人目を忍んで暮らしておりますので」

「いや、普通にコンビニにいたよね……。夫よ。ペッパー君にもお茶を煎れてあげて」

「え、ロボットなのに飲めるの?」

「ああん?」

 ペッパー君は夫の前に回り込み、圧の強い視線で夫を見つめた。

「ひっ」

「あのさあ」

 私は腰に両手を当てた。

「ロボットなんだからお茶なんて飲めるわけないでしょ」

「え、じゃあ、なんで……」

「気持ちだよ、気持ち! ようこそ! ウエルカム! そういう気持ちを伝えるために、お茶を煎れてあげるの! で、そのお茶はあとであなたが飲めばいいのよ!」

 ペッパー君は夫に圧の強い視線を向け続けている。

「わ、わかりました……」

 夫がお茶を煎れている間に、私は事情をペッパー君に説明した。

「100ファミリーに対し、チケットが50枚ですか」

「そうなのよ」

「それは争いが起こっても仕方がありませんね」

「そうなのよ」

「じゃあ、ソフトバンクに圧力をかけて、無料チケットの配付そのものをやめさせればいいんじゃないですか? それなら平和でしょう。今あるチケットも無効にしてもらいましょう」

「だ、ダメだよ、それは」

 私がすぐさま否定すると、

「うん、ダメだと思う」

「ダメだ、ダメだ」と、夫たちも同意した。

「どうしてですか」

「だって、みんなチケットを楽しみにしているんだよ。無料チケットがもらえるという噂を聞いて転居してきた人も町内には結構いるし。それなのに配付をやめるなんてことになったら暴動が起きる」

「このあたり一帯が火の海になるよね」

「まさに修羅の国と化すね」

「人間はそんなにも野球のチケットが欲しいものなのですか……。では、こうしたらどうでしょう。住民同士で戦ってもらって、勝者がチケットを手に入れることができるというのは?」


「なるほど。それ採用! さすがペッパー君、ナイスアイデア!」


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