ホークスの民

ゴオルド

第1話

 夕飯を食べ終わり、洗い物をしていた時だった。私のスマホが鳴った。

「もしもし」

「あ、3丁目の奥さん? 町内会長の大宮だけど。今度の水曜の夜、町内会があるけん連絡したんやけど、来られそう?」

「今度の水曜ですか」

 私はキッチン横にかけたカレンダーを見た。4月3日。特に予定もないし、仕事も早く上がれるだろう。だから何の問題もない。問題は別のところにある。わざわざ会町みずからが電話をかけてくるだなんて。

「会長さん、もしかして……」

「うん、そうよ。あんたの思いよるとおりやけん、絶対に来てね」



★★★


 水曜の夜、私は分厚い封筒を持って帰宅した。

「ただいま」

「あ、お母さん、お帰り!」

「お帰り。町内会はどうだった?」

 夫と中学生の息子が、玄関まで迎えに出てきた。

「ほら」

 私が封筒を夫に渡すと、夫は中をちらりと見て、

「……それじゃあ、お茶を煎れるよ。どうしたらいいか、三人で考えよう」と言ってくれた。



 ダイニングキッチンの食卓に3人で座り、お茶を飲む。

 一息ついてから、私は封筒を逆さまにした。出てきたのは、野球チケットだ。

「何枚あるの?」

「50枚だって」

 私はため息をついた。

 私たちが住む家はペイペイドームのすぐ近くで、毎年ソフトバンクホークス関係者から野球チケットが配られるのだ。

「地元住民の皆さんに、ぜひホークスを応援してほしいんです。どうぞ試合を見に来てくださいね」

 そういって無料チケットをくれるのだが、それが毎年大きな問題を引き起こしていることを関係者は知っているのだろうか?


「私は3丁目の代表で、3丁目には100戸のご家庭がある。で、配られたチケットは50枚。さあ、どうする?」

「ううーん」

 夫は腕を組んでうなった。

「町内会に言って、100枚くださいってお願いできないの?」

「できない。というか、それは1丁目の大和田さんがすでにやった。丁寧に断られてた」

「とりあえず50家庭に配って、もらえなかった家庭は、またもらった時に配れば?」と息子。

「2丁目の山下さんがそれをやって、トラブルになったって。みんな観たい試合や推してる選手が違うから、いろいろ面倒なのよ」


 3人、ううーんと唸って、考え込む。


「あのさ、これ、なかったことにできないかな?」と、私は言ってみた。

「どういうこと?」

「だから、チケットなんてもらってませんよ、っていうことにして、誰にもくばらないの」

「駄目だよ。それはばれるよ」と息子。

「なんで?」

「だって学校でみんな話すし。3丁目だけチケットなかったらおかしいじゃん」

「そうか……」

 いいアイデアだと思ったんだけどな。ううーん。


「とりあえずさ」と息子。

「俺が4枚もらっていい?」

「いや、なんで?」と私。

「友達と行きたいもん。というか、行くって約束した」

「だめでしょ、そんな勝手に」

「お願い!」

「いや、無理だからね。うちの子に4枚もあげましたとか、そんなのバレたら町内会を追放されるからね? うちの家の前の街灯だけ電球抜かれるからね?」

「さすがにそんな嫌がらせはしないと思うけど」と夫は苦笑している。

「あ、あなたは何もわかっちゃいないのよぉぉぉ!」

「お母さん、落ち着いて!」

 いけない、あやうくどうかしてしまうところだった。

「と、とにかく、私が役員だから、うちはチケットもらえないの!」

「ええ~! そんなの納得できない!」

「しょうがないでしょ、そういう決まりなんだから。それと、チケットを配るなら早目に配らないとね」

 チケット配付をもっと早くしてくれていたら、試合の日に仕事を休むことができたのに等々の苦情がくるのである。


「そういや、去年はどうしたんだっけ」と夫。

「覚えてない」と私。

「いやいやいや、お父さんもお母さんもしっかりしてよ。去年はくじ引きで決めたじゃん」

「……そうだっけ」

「それで不正が疑われて」

「ああ! あったあった、そうだった。思い出したわ」

 去年はくじ引きをしたのだけれど、たまたまうちと仲良くしているご家庭ばかりが当選したものだから、不正疑惑を生んでしまったのだった。

「くじびきはやめよう」

「うん」

「じゃあ、どうする?」

「爆破しようか」と私。

「何を? ドームを?」と夫。

「やめてよ、親がドーム爆破で逮捕されるとか人生がハードモード過ぎるって」

「いや、ドームじゃなくてさ、このチケットに爆竹つけてさ、打ち上げて上空でどかーんってやっちゃうの。で、チケットが家に降ってきたら、それはその家の人のものってことで」

「爆竹では爆破はできないね。爆弾を使わないと。でも爆弾は簡単には手に入らないし、製造もシロウトには難しいんじゃないかな」

「そっか……」

「そういうことじゃないと思うんだけど、というか、いろいろズレてると思うんだけど?」

 ううーん、困った困った。ぐう。その上おなかも減ってきた。

「とりあえずさ、小腹がすいたから、コンビニ行って肉まん買ってくるわ。腹が減っては戦はできぬってね!」

「じゃあ、僕はプリン」と夫。

「俺はアメリカンドッグがいい」と息子。

「へーい」

 私は財布を持って家を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る