壊れたオルゴール

霞(@tera1012)

第1話

「また故障したぞ! 前に修理に出してから1月も経ってない。明らかに修理ミスだ!」


 店頭に客のわめき声が響いている。応対に出た店主はため息をついた。


「修理はきちんとしたはずですがね……」


 カウンターに置かれたオルゴールに軽く触れると、蓋を開いた。確かに、ゼンマイはピクリとも動かない。


「どのような使い方をなさっているのですか」

「毎晩、ゼンマイを巻いて、音を聞いているだけだ」

「どのくらいの時間?」

「どのくらい? 夕食後から、寝る前まで……」

「それはそれは、余程のお気に入りで」

「う、うるさい、俺の勝手だろ」

「まあ、それだけで、この短期間に故障を繰り返すとは思えませんが……」

「そ、そうだろう! 責任取れ、慰謝料よこせ!!」

「……」


 店主は、おもむろに銀縁の眼鏡を外す。そして口の中で何かをつぶやきながら、オルゴールに手をかざした。その目は不思議な輝きを帯び、手から放たれた淡い光が、オルゴールを包み込む。客と店員は驚きに固まって、黙ってその様子を見守った。

 しばらくすると、ふう、と息を吐き店主が目を上げる。


「……霊ですね」

「れい」

「女性が、『きもいんだよ、いい加減にしやがれ』と言いながら、このオルゴールを破壊している映像が浮かびます」


 客の口元が、ひくりと歪んだ。


「エレナか」

「お心当たりが?」

「死んだ女房だ。もう3年になるか。あいつがオルゴールに妬いてんのか」

「オルゴールに」

「はは、ばかばかしいだろ? このオルゴールには回る踊り子の人形がついてるだろ。なんだか知らん、俺はその人形に本気で惚れちまって、毎晩ずーっと眺めてたんだよ。ほら、生きてるみたいに色っぽくて、きれいな人形だよな……」


 瞬間、目の前のオルゴールがガシャリと音を立て、蓋が真っ二つになった。


「はは、……分かったよ。かなわねえなあ、死んでまで俺を縛ろうってか……。まあ、俺はお前と生きていくよ、これからも」

 客は微かに目を赤くして、オルゴールの処分を店主に依頼すると、背を向けた。


「……一件落着、ですかね。なんかあの人、今後も大変そうですけど」

 立ち去る客の背中を見ながら、店員が恐る恐るつぶやく。


「いや、彼はもう、大丈夫だ」

 銀縁の眼鏡をかけなおし、店主はいつもの淡々とした口調で言った。


「私が見た女性の顔は、この人形のものだった。彼に毎晩ねちっこく見られ続けるのが、よっぽど嫌だったんだろうな。鬼の形相でオルゴールに踵落としをしていたよ」

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