壊れたオルゴール
帆尊歩
第1話 壊れたオルゴール
僕ら兄弟は、今長野県の諏訪にいる。
兄貴二人と僕、そして妹。
妹の手には重厚な作りのオルゴールがある。
黒炭のようなもので作られた、とても重く堅い木で作られたものだった。
だから兄弟四人で順番に持ってきた。
かなり重いからだ。
なぜ僕らがこんな所に集合したかと言えば、三日前、天涯孤独の叔母から言われたことだ。
「私は、もう長くありません。でももういいの、来年九十になるから。
せめて八十代でこの世を去りたい。でも一つだけ心残りが」と言って叔母がこのオルゴールを出してきた。
「これはあなた方のおじさんから新婚の時にいただいた物。でも壊れて鳴らないの。どんな曲が入っていたのかも忘れてしまった。でも最後にこのオルゴールを聴きたい。どんな素晴らしい曲が入っているか、死ぬまでに聞きたいの。こんな美しい重厚なオルゴールなのよ。さぞ美しい曲が入っている事でしょう。聴かせてくれたら、あなた方に遺産を分けましょう」
このオルゴールはかなり複雑な作りをしていて、どう修理をしたらいいかも分からない。
下手なことをして壊してしまっては元も子もない、そこで調べたあげく、この諏訪湖のほとりにオルゴール博物館というのがあり、ダメ元で聞いてみた。
すると見てみましょうと言うことになり、兄弟四人ではるばるやって来た。
「兄さんたち、どんな美しい曲が入っているのかしらね」と末の妹が言う。
末の妹といえ、そろそろ五十路だ。
「とにかく叔母さんにオルゴールを聴かさないと、また遺産を事前団体に寄付なんて言い出しそうだからな」一番上の兄貴がいう。
もう定年なので、遺産は喉から手が出るほど欲しいらしい。
いやそれは兄貴以外も全員そうだが。
伯母は内心では我々に遺産など渡したくない。
この間も遺産の全てを慈善団体に寄付なんて言い出した。
壊れたオルゴールを聞かせろなんて難癖に近い。
でも口実は作りたくない。
博物館に着くと奥の工房に案内された。
かなりベテランの職人が対応しててくれた。
「あれ」
「どうしました」
「これ、曲なのかな」と首をひねる。
「でも直りました」
「じゃあ効かせてもらって良いですか」
「はいわかりました」
そしてオルゴールが曲を奏で始める。
僕ら兄弟は随分長いこと聞きいっていた。
そして随分経って、一番上の兄貴が言った。
「これは担がれたかな」
「確かに」と下の兄貴。
「叔母さん酷い」と下の妹。
オルゴールには音階が入っているだけだった。
壊れたオルゴール 帆尊歩 @hosonayumu
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