コインランドリーで他校一のクール系美少女と恋人ごっこをすることになったら、グイグイ好意を寄せてくるんだけど。

ななよ廻る

他校一のクール系美少女は、手を繋ぐのが好き。

「告白されてうっとうしい」

 不意に、コインランドリーの洗濯機に寄り掛かって座っていた少女が、切れ長の目をより鋭くし、心底嫌そうに口にした。


 週の始まりと終わり。

 なんとも曖昧な休日である日曜日のお昼すぎ、僕は近くのコインランドリーに来ていた。

 理由は単純。家の洗濯機が壊れたから。


 故障してからもう1ヶ月が経過しているが、母は面倒がって新たな洗濯機を買いに行く様子はない。そのせいで、日曜日というベッドの上でゴロゴロしても許される時間を、家族全員の洗濯1週間分を持ってコインランドリーを往復しなければならない息子がいるのだが、母が気にした様子はない。おのれ。


 忌むべきコインランドリー通いになってから、先客として居たのがやたら見目の良い女の子だ。

 肩口で切り揃えられた黒髪。吊り目の鋭い視線は、常に不機嫌を思わせる。ただ、整った容姿のおかげか、それすらもクール系の魅力に感じさせるのだから、美人は得だ。

 パーカーと短パンという酷くラフな格好も、飾り気がなく素材の良さを活かすという点では似合っていた。


 多分、同じ歳ぐらい。高校生だと思う。

 名前が『七雪ななせ』というぐらいしか知らないし、それ以上聞こうとは思えない。

 コインランドリーに通いだして、顔を合わせるようになった。ただの他人。けれど、洗濯が終わるまで一緒の空間にいるせいか、いつの間にか雑談をする程度の関係にはなっていた。


 変な接点。不思議に思っていると、「ねぇ」と機嫌悪そうな声で意識が現実に引き戻された。

「訊いてる?」

「ごめん、呆けてた」

 で、なに? と問うとムッと口を曲げながらも、律儀に答えてくれた。気の強そうな見た目と違い、なんだかんだ優しい。

「告白がうっとうしいって話」

「なんとも羨ましい話で」

 全国のモテない高校生たちが血涙を流しそうだ。


「じゃあ、変わってあげようか?」

「ごめんこうむる」

 僕が羨ましいかどうかは別問題だけど。


 七雪ななせはグルグル稼働中の洗濯機に身体を預け、嫌なことでも思い出したのか、チッと舌打ちする。機嫌悪いなぁ。

「最低週1で告白されるとか、面倒すぎ。

 断ったら断ったで泣いたり喚いたり。

 それだけならまだしも『彼氏がいるのか?』とか『付き合う気はないのか?』とかこっちのことを根掘り葉掘り聞き出そうとして……!

 ほんとなんなのって、言いたくなる」

「アニメとか漫画の話みたい」

 まぁ、ビジュアル系の格好良い容姿だし、男女共にモテるのは頷ける。


「学校一の美少女とか呼ばれてたりして」

 なーんて、と続けようとしたら、七雪の顔が強張った。

「え? マジで」

「……ほんと、うっとうしい」

 はいもいいえも返ってこなかったが、態度が如実に肯定していた。

 現実にあるのか。そんな恥ずかしい呼ばれ方が。


「え……じゃあ、これから『学校一の美少女七雪さん』って呼んだ方がいい?」

「呼んだら洗濯機に突っ込んで洗う」

 それは死刑と同義だ。おっそろしいことを考えつくなこの子。


「まさか、変なあだ名とかあったり……」

「……」

「うん、いいや。もう訊かない」

 眉間のシワが凄いことになってる。きっと、氷の貴公子様と雪の女王とかその辺りだろう。白銀の星屑ニュイ・エトワーレとかだったら笑わない自信がない。


「どうして私なんかに告白するのかわかんない。

 別に愛想良くしてるわけじゃないのに」

「美人だからでしょ」

 アイドル顔負けだし。不機嫌な表情もクールに見えるし魅力増し増し。

 僕の言葉に反応して、視線を投げてくる。目と口をこれでもかとひん曲げ、心底嫌そうな顔。

「まさか、あんたまで告白してこないよね?」

「はははー。しないしない」

 そんな馬鹿なと、大仰に手を振って否定する。


「……それはそれでムカつく」

「面倒な子だなぁ君は」

 言わんとすることは伝わるが、それぐらいは飲み込んでほしい。


 椅子の座る位置を直しながら、僕は言う。

「そもそも、付き合うメリットもわかんないんだよねー」

 メリットなんて言葉を使う時点で、思春期の学生として終わってるんだろうけど。

「面倒そうだし」

 好きーって、言って言われて。

 相手のために時間を使って、気を遣って。笑顔を貼り付けた上っ面の好意を口にして、家に帰れば心の疲労でゴロゴロ。

 恋愛は理屈じゃないと言われても、感覚として理解できない時点で僕には縁遠すぎる。


「ふーん」

 なにやら興味深そうに見つめてくる七雪。

 ジロジロと無遠慮な視線に「なによぉ」と身を引いていると、急に七雪が立ち上がる。

 そのままスタスタと歩き、ピタッと僕の目の前で静止。僕よりも数センチ高い身長で見下されると、女性とはいえ威圧されているようでちょっと怖い。いやなにほんと。


「な、七雪?」

「じゃあさ、試してみよっか」

「試すって……」

 なにを?

 身を仰け反らせて怯える僕と違い、七雪はどこか楽しそうだ。

「付き合ってしてみたいこと」

「なんでさ」

 脈絡は……あったようななかったような。


 突然の提案に目を白黒させる。

 対して七雪は、良い思いつきだとしきりに頷いている。

「私も付き合うとかわかんないし。

 そういうのを実際にやってみて、良さがわかれば少しは告白してくる奴らの気持ちもわかるかなーって」

「奴らって言ってる時点でダメでしょ」

 敵かなんかだと思ってるよ。


「だいたい、そういうのは好きになった人とするべきでしょ」

 こんな、他人か知人かもわかんないような関係で、するべき行為じゃない。

 顔を逸らし、微妙な反応の僕。それを見た七雪がからかうように歯を見せ笑う。

「意外と純情? 乙女チックー」

「うっさい」

 顔が熱くなる。普通だろう普通。


「別にキスしろとかセッ○スしろか言ってるんじゃないだから」

「直接的すぎる! もうちょっとオブラートに包もうよ!」

 コインランドリーでなんてこと口走るんだこの子は。明け透けにもほどがある。

 他にお客さんがいなくてよかったよ、ほんと。


「で、どう? やろうよ」

「なんでそんな前のめりなのさ……」

 困ったように嘆息する。

「そんなに興味があるなら、告白してきた誰かと付き合ってみればよかったじゃん」

 その方が手っ取り早いでしょ、というと七雪の顔から喜楽きらくが抜け落ちる。

「なんで私があいつらと付き合わなきゃいけないのよ」

「あ、そう」

 嫌悪のにじみ出た声。興味はあっても、適当な相手じゃ嫌ということか。


 同時に、あることに気が付き口がもにょっとなる。

 最低限、僕はそういうことをして良い相手と思われてるってことか。

 なんだか背中が痒くなる。少し、体温が上がった気がする。


 まだ顔を合わせて数回程度。

 好意を募らせるには、接点も関係も希薄だ。そもそも、相手にこれといった感情も向けてない。一緒にいる時間があるから雑談している。その程度だ。


 それでも、まぁ。多少なりとも信頼を向けられるのは、悪くない気分だった。

「それに、なにかあったとしても、白奈しろなならコインランドリーに来なきゃ会わなくなるから」

「あー。関係のリセットが楽だと」

 ちょっと残念に思っている自分が居て恥ずかしい。

 けど、同時に共感もする。人間関係でなにかを試したい時、関係がリセットされるのは大切なことだ。

 卒業式に告白するようなものだ。フラれても気まずくならない。


「それで、一応訊くけどなにするの?」

 訊くだけ訊いてやると告げると、七雪は悩むように首を傾げた後、おもむろに手を伸ばしてきた。そして、手持ち無沙汰だった僕の手を握る。おい。

「訊くだけ訊くって言ったんだけど?」

 許可は出してないが?

「ふむ。ふむふむ」

「いや聞けよ」


 ふにふに、ぎゅっぎゅ。

 無言で手を握られ、どうにも対応に困る。

 引き剥がしたいが、悪い気もするし、細くひんやりとした手は心地良く、僕から離したいという気持ちを起こさせない。

 ゆえにされるがまま。


 コインランドリーで、他校で一番の美少女と手を握っている。

 ……どうしてこうなった。


「ちょっと、七雪?」

「ふむ」

 確認するように手を撫でられる。

 手首にまで白い指が伸びてくるとむず痒く、なんとも言えない心地だ。

 手汗……かいてないよね。


 段々と羞恥が募ってきて、頭から煙が出そうだ。

 ようやく納得したのか、七雪の手が止まりほっと息を吐き出す。

 けれども、安堵するには早かった。

「わからなくはない、かな」

 それだけ言うと、僕と手を繋いだまま、七雪は隣に座ってしまった。


「いやちょっと、七雪さん? 手……」

 離して、と。上下に手を繋いだままの手を振るが、ガン無視。

 スマホを取り出して、ワイヤレスイヤホンで音楽を聞き始める。

「~~♪」

 機嫌良さそうに鼻歌まで歌い始めてしまう。


「いやいやいや。なしてさ……」

 一人、困惑の中に取り残された僕は情けない声を上げた。

 グルグルと回る洗濯機の稼働音。

 結局この日は、洗濯機がピーピー終わったよーと鳴き声を上げるまで、そのまま手を繋がれぱなしだった。



 ■■


 次の週。

 再び日曜日になって、お昼すぎ。

 先週の七雪はなんだったんだと、コインランドリーの洗濯機に汚れ物をツッコミながら思っていると、丁度七雪が入ってきた。

 大きめのランドリーバックを持つ七雪。

 こちらに気が付くと、淀みない足取りで傍に寄ってきて、

白奈しろな、私の彼氏になったから」

 と、声の調子も至って普通に、開口一番そんなことを言い出した。


 無意識に閉めた洗濯機の蓋がバタンッと大きな音を立てる。

「……は?」

 なに言ってるのこの子は?

「彼氏って、なんで」

「今週も告白されて」

 じっと見つめると、ふいっと七雪の目が泳いだ。

「面倒だから彼氏いるって言った」

「……それ、僕ってことにはならないよね?」

 適当に誤魔化しただけじゃん。


 先週のこともあり、気が張っていた僕は安堵の息を吐き出す。

「そうだけど……」

 ちょっと不満そうな七雪。なぜだ。

「なにか言われたら白奈の名前出すつもりだから」

「いや出さないでよ」

 どうしてそこで僕の名前が出るのか。


「どうせ他校だし。わかりっこないし。いいかなって」

「そりゃそうだけど」

 だからといって、断るための方便であっても、七雪のような美少女に彼氏と言われるのは、こう、なんとも、心が落ち着かなくなる。そわそわしちゃう。


 いやいや……うー。なんと言えばいいのかわからず唸っていると、七雪が愉快そうに笑い出す。

「ふふ……見せたかったなぁ、彼氏がいるって言った時の男の顔」

「悪趣味ぃ」

 断られるのは想定していても、彼氏ができたなんて考えてもいなかっただろうしね。

 愕然とした男の顔が容易に想像できる。同じ男として同情する。なむなむ。


「その後、学内で広まっちゃって、彼氏騒ぎになってて……くく。

 いない相手を必死に探してるのが滑稽で、笑いを押さえるのが大変だったよ」

「うわぁ……大騒動じゃん」

 アイドルに実は恋人が居たぐらいのスキャンダルっぽい。

 血眼になって探しているのを想像すると、勝手に彼氏役にされた僕としては気が気じゃない。騒動の温度感がわからないから、なんとも微妙な心地だけど。


「面倒はかけないから、気にしないで」

「……それなら最初から僕ってことにしなきゃいいじゃん」

 不満気に言うと「いいでしょ」と返ってくる。そのまま七雪は洗濯に取り掛かる。


 お店とはいえ、女性の洗濯を見守るわけにはいかない。

 渋々引き下がって、定位置の椅子に座る。

 彼氏……彼氏ねぇ。

 まさか自分にそんなモノができるとは。なんとも言えない気持ちになる。まぁ、七雪が告白を断るために言ってるだけだし、直接的に関係はないんだけど。気持ちの問題としてね、なんか……もにょる。


 手で口を塞ぎ、なんとも言えない表情になっているだろう顔を隠していると、空いている手がひんやりとしたなにかに包まれる。

 目を丸くする。いつの間にか、隣の地べたに座った七雪が僕の手を握って座っていた。

 僕に顔を向けず、普段と変わらない態度でスマホを取り出す。


「七雪?」

 戸惑い声をかけると、七雪が顔を上げた。

「……ダメ?」

 上目遣いで問われ、喉の奥で小さなうめき声が漏れる。

「ダメ、じゃ……ないけど」

 否定なんてできるはずもなく、拒絶の言葉は口の中を泳いで肺に戻り、ぎこちなく頷くしかなかった。


「ありがと」

 なにやら嬉しそうに、七雪ははにかむ。

 微かに染まった頬が、彼女の羞恥を伝えてくれる。


 それきり、七雪は顔を伏せる。スマホをいじっているように見えるが、僕の角度からは一切画面が切り替わっていないのが見て取れた。

 小さく手を動かす度、七雪の身体が固くなる。


 コインランドリーで同じ時間を過ごす赤の他人。

 それがいつの間にか、手を繋ぐようになり、言葉の上だけとはいえ彼氏となって。だからといって、僕と七雪の関係が変わったかというとそんなこともない。


 ここに来なくなれば会わなくなる。

 繋がりは細い一本の糸のように儚く脆い。他に繋がりはなく、率先して増やそうともしていない。まるでそれが良いというように。

 けれども、そんな希薄な関係以上に、手だけはしっかりと繋がり、伝わってくる体温が七雪を意識させる。


 ほんと、なんなんだろうなぁ。

 この関係に明確な名前を付けることができないまま、洗濯が終わるまでの時間、洗濯機の稼働音よりもうるさい心臓の音を聞き続ける羽目になった。


 この後、

「洗濯機回し忘れてる!?」

 と、悲鳴を上げることになるのは、まぁ、七雪とのことに比べれば些事だろう。些事。はぁ……。

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コインランドリーで他校一のクール系美少女と恋人ごっこをすることになったら、グイグイ好意を寄せてくるんだけど。 ななよ廻る @nanayoMeguru

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