第4話:君とまた手を組む理由

「ななななななんじゃこりゃあ!?」


 え? 何、何これ!?


 俺はそれを見ようと身体を捻るも、翼はギリギリ見えない長さのようで、まるで自分の尻尾を追い掛ける犬みたいに俺はその場でクルクルと回ってしまう。


「ミオ、なんだこれは!?」


 混乱する俺の問いに、ミオが少しだけ半笑いで答える。あ、こいつ、ちょっと面白がっていやがるな!?


「いやあ……僕にもさっぱりで。あはは、カナタ、バカなワンコみたい可愛い」

「この翼を斬ってくれ! 何かの術式による攻撃かもしれん!」


 後先構わず俺がそう言うと、ミオが承知したとばかりにドラグレイブを一閃。


 一瞬痛みを覚悟するも、何も起きなかった。


「斬れたか!?」

「んにゃ、これ実体じゃないみたいだね」


 何度かミオが試すも、やはり影を見る限り翼は消えていない。


「じゃあなんなんだよ!」


 俺のその叫びに――答える声が一つ。


「何って……もちろん、デーモンの証である顕翼けんよくに決まっていますよ」


 その声と同時に、俺とミオが戦闘態勢に入る。


「バカな!? 聖杯は確かに破壊したはずだ!」

「カナタ、動かないで」


 ミオが殺気を放ちながら、俺の左耳のすぐ横へとドラグレイブを薙いだ。


「無駄ですって」

「っ! 血なのか何なのか分かんないけど、斬れない!」


 ミオが焦ったような声を出した。すると俺の目の前へと、それが姿を現す。


 それはコウモリをデフォルメしたような姿の存在だった。血のような液状の身体から生えた羽でパタパタと羽ばたいているが、明らかに物理法則を無視しているし、何よりその声がヤバい。


「なんで生きているんだ……!」


 それはたしかに先ほど倒したはずの血のデーモンの声と同じだった。

 どういうことだ、何が起きた。もし奴がまだ生きているとなると、状況は最悪だ。


 ミオは万全だが、俺はというと、【追憶再生レクエルド】はもう使えず、【追憶復唱リ・イナクト】を放てるほど魔力は回復していない。


 そんな俺の思考をよそに、その謎のコウモリが俺の疑問に答える。


「生きてはいませんよ。確かにこの世界に降臨した私は消滅しました。君達の手によってね」


 コウモリがまるで肩をすくめるようにその羽を動かした。


「待て待て……どういうことだ。じゃあお前はなんだよ、この翼と関係あるのか?」

「関係あるも何も、どちらも君の力ですよ、カナタ」

「はあ?」

「簡単な話です。君はしたのです。諸手を挙げて喜んでください。おそらく人類では初の存在でしょう」


 コウモリがまるでおめでとうとばかりに翼同士を打ち合わせて、パチパチという乾いた音を出す。なんというかいちいち動きが妙にコミカルで、緊張を維持出来ない。


 しかし俺の力? デーモン化? 


「ふざけろ。そんな与太話信じるかよ!」

「まあより正確に言うと、血のデーモンの力を引き継いだ――と言った方がいいですね。その意図は私には計りかねますが……」

「意味が分からん! とにかく俺から離れろ! あとこの翼もなんとかしろ!」


 俺が思わずそのコウモリを掴んで、そう叫ぶ。微妙に弾力がある触感で、完全に液体というわけでもなさそうだ。


「離れろと言われても……。君は自分の腕や足に、離れろ、なんて言います?」

「お前みたいな謎生物を身体の一部にした覚えはねえよ」

「そう言われましてもね……いずれにせよ長い付き合いになるでしょうから、どうぞよろしく。あー、流石に街中で飛んでると怪しまれるので、その時は適当に身体を変化させて耳飾りにでも擬態しておきますよ」

「いらん配慮ありがとう! とにかく何が起きたか、説明しろ! ミオもなんか言ってやれ!」


 そんな俺とコウモリのやり取りを聞いていたであろうミオへと、俺が助けを求めるように視線を送る。


「……すーすー」


 返ってきたのは可愛らしい寝息。


「この状況で寝ただと!?」


 こいつ立ったまま寝てやがる! しかもよだれが垂らしながら。


「……はっ!? お肉食べ放題二時間プラン!?」


 俺の声で目覚めたミオが叫ぶ。この短時間でどんな夢を見てんだよ。


「そんなことはどうでもいい! それより、これをどうにかしてくれ」


 俺がバタバタと手の中で暴れるコウモリをミオへと押し付けた。


「そう言われても、物理が効かない以上は僕に出番はないし……何言っているかよくわかんないし……」


 ミオが迷惑そうな顔で、一歩下がる。おい、引くな引くな。


 相棒とか言ってたのは嘘かよ!?


 そんな俺達を見て、コウモリは何がおかしいのかは小さく笑った。


「ふふふ……しかし、のコンビとは、なかなかにお似合いじゃないですか。これも血のデーモンが意図したのかどうかは分かりませんが」


 その言葉で、再びミオから殺気が放たれた。


 その綺麗な両腕が俺の目に映る。


 当たり前だが、なんて都合の良いことがそうそう起こるわけがない。現代医療術式でもそんなことは不可能だ。


 そもそもミオのあの体型で、大人の男性ですら持ち上げるだけで精一杯のドラグレイブを、強化術式もなしに軽々と振り回しているのはどう考えても異常だ。


 なら、なぜ可能なのか。

 

 答えはシンプル。なぜならミオは――


 可能性を奪われ、それよって不老で不変の存在となった者。多少の怪我や傷も、すぐに再生してしまう能力。

 物理法則を無視した膂力。


 それは全て、因果の獣コザリティ・ビーストに当てはまる特徴だ。


 だけども、なぜミオは因果の獣コザリティ・ビーストになってなお理性を保てているのか。

 なぜ異形化していないのか。

 それを彼女は何も語りはしないし、俺も興味はないと言ったら嘘になるが、あえて聞きはしない。


 だけども彼女の可能性を奪い、因果の獣コザリティ・ビーストにしたのは血のデーモンだ。だから偶然出会った俺達は、〝血のデーモンをブチ殺す〟という目的の下、手を組む事にしたのだった。


「僕のことを分かってるなら、やっぱりお前は血のデーモンだ。よし、殺そう。すぐに殺そう」


 ミオがドラグレイブを掲げ、俺ごとコウモリを叩き斬ろうと構えた。


「えっと、ミオさん? それ俺も死にません?」

「眷属を持つデーモンを相手にする場合、本体を叩くのが定石。今は亡き相棒にそう教えてもらったんだ。よって死ね」

「それ教えたの俺だし、過去の存在にしようとするな!」

 

 そんな俺の叫びを掻き消すような風切り音。あ、この人、マジだ。


「やれやれ……」


 呆れたような声と共にコウモリが謎の術式を展開。突如出現した血の刃が、迫るドラグレイブをあっさりと受け止めた。


 その後ミオが何度もドラグレイブを本気で薙ぎ払うが、コウモリが器用に血の刃でそれをいなしていく。その防御行動に感情はなく、どちらかというと機械的に反射的に防いでいるように見える。


 というか、せっかく回復した俺の魔力がどんどん減っていっているんですけど!?


「どいてデーモン! その優男が斬れない!」

「おい、なんで俺を斬ることが主目的になってんだよ! デーモンを斬れよ!」

「あ、魔力が切れそうですね。これ以上は防げないので、この人なんとか止めてください」


 コウモリが迷惑とばかりにそう聞いてくる。


「いや、お前のせいなんだが!?」

「でも、これで分かったのでは? 自身の魔力を使えるのは例外を除き、自分だけ。私が君を、君の魔力を使って守った時点で、私は君の力であると証明されました」

「……それは、確かに」


 もしこいつがただ俺に取り憑いている、あるいは何らかの方法で寄生しているだけだとしたら、俺の魔力を使うことは不可能だ。例外として先ほどの黒竜ゼダラディスが使ったような、他者の魔力を対象とする術式はあるが、あれは竜の魔力と高度な術式によるものだ。


 この目の前のコウモリがそんな術式を展開している様子はなく、やはり奴が俺の一部であると考える方が自然だ。


 いや、なぜそれが自我を持っているのか、なぜ血のデーモンと同じ声、似た術式を使っているのか、など疑問点は山ほどあるが……。


「とにかく、私は血のデーモンではありません。元々はそうだったかもしれませんが、今は違います。そうだ、名前を付けたらいかがでしょう? 情が湧いて可愛いく見えてきますよ?」

「ペットかよ」


 マジで、なんなんだよこいつ……もう真面目に相手する気が失せてきた。それはどうやらミオも同じのようで、既にドラグレイブを下ろしている。


「だったら、パタ子で」


 ミオが真面目な顔でそう言い放った。


「お前が付けるな」

「センスゼロですね。やはりここは、〝超絶最強ブラッディメアリーちゃん〟、などは如何でしょう?」

「お前ら揃いもそろって、ネーミングセンスが絶滅してやがる」

「じゃあ、間を取ってメア子はどう?」

「じゃあ、じゃねえんだよ」

「ではそれで」

「お前はそれでいいの!?」


 ダメだ……これまでは馬鹿ミオだけが相手だったから何とかなったが、さらに馬鹿がもう一匹増えたせいで、俺の精神摩耗率が急上昇している。


「というわけで、改めてよろしくお願いしますね、マスター。ふふふ、嬉しいでしょう? マスターと呼ばれるのは。それとも、ご主人様とでも呼びましょうか?」

「もうなんでもいいよ……」

「あれ、翼が消えてるよ、カナタ」


 ミオの言葉で、俺は自分の影がいつも通りになっていることに気付いた。


「流石にあのままだと目立つので、引っ込めておきました。ただ、私の力を使う場合はどうしても必要ですが」

「どういう理屈なんだよ。というか引っ込められるなら、最初からそう言え」

「てへっ」

「張り倒すぞ、てめえ」


 そうして、もはや全てがどうでもよくなった俺に、全くどうでもよくない情報がコウモリ――いや、メア子によってもたらされた。


「ああ、そうだそうだ。言い忘れていました。デーモンとなった今、マスターはが使用可能になりました」


 その言葉が――全てを変えた。


「その術式を使ってデーモンを狩り、。そうすれば、マスターもミオもいつか人間に戻ることができますよ。ほら、素敵でしょう?」

「は? なんじゃそれ」

「嘘はついていませんよ? デーモンは可能性を奪う者ですから。デーモン化したマスターが使えない道理はないでしょう? そして当然、奪った以上は使い道があります。それをどう使うかは……マスター次第。自身やミオを人間戻す為に使ってもいいし、あるいは――」


 メア子はそれ以上何も言わず、パタパタと俺の目の前で浮いていた。


 こいつが自分の一部だということは信じたくない事実であるが、また同時に絶対に嘘をついていないという確信もなぜかあった。


「どう思う、ミオ」


 だから俺はそうミオへと問うた。


「目的、またできちゃったね」


 ミオはそう言って笑ったのだった。


 それが、今まで見た誰の笑顔よりも素敵に見えたのは、きっと俺が疲れているからだろう。


「なら、決まりだな」


 デーモンを狩る。

 人間に戻る。


 どうやら運命の女神とやらは、そう簡単に俺達を楽な方向へと行かせてくれないらしい。


 こうして、俺は何の因果かデーモンに成り下がり、因果の獣コザリティ・ビーストであるミオと再び手を組んでデーモンを狩るという、くそったれな日々を送ることになるのだった。


 


 これは――後に、〝デーモン狩りのデーモン〟と呼ばれるようになった俺の、どうでもいい昔話だ。

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