第2話:蘇る災い〝蒼き光、ゼダラディス〟

 いつか、誰かが言った。


 〝人間はそれがなんであろうと――とことん突き詰められ、洗練され、磨き上げられたものを見ると、それをと感じてしまう〟


 今、俺の目の前で行われている光景はまさにそれだろう。


 ミオが一歩踏み込み、巨大な鉄塊――ドラグレイブを薙ぎ払う。彼女の見た目からは想像もつかない規格外の筋力による力任せの一撃。だけどもその動きに無駄は一切なく、ただただ相手を破壊しようという意志だけが籠もっている。


 ゆえにそれは美しく、そして破壊的だった。


「グギャッ!」


 ミオによって上手く間合いを外されてしまった複数の魔獣の首が同時に吹き飛ぶ。


 しかしその死体を乗り越えて、更に五体の魔獣がミオへと迫った。俺だって決して安全圏にいるわけではない。背後から魔獣達の荒い呼吸音が聞こえてくる。


「あと五秒!」


 その俺の言葉を聞いていたかのように、恐ろしいほどの魔力が空間に溢れる。その発生元は、魔獣達の生みの親である〝因果の獣コザリティ・ビースト〟――あのグロテスクなルックスを持つ人樹だ。


 あれが、だったと考えると、暗澹とした気分になる。


 魔獣は、デーモンや〝因果の獣コザリティ・ビースト〟によって生み出された存在だ。


 デーモンに関しては、最近の学説では異次元からやってきているという説が有力だという。要するに奴等はこの世界における異物であり、ブチ殺すのに何の躊躇いもない。


 だが〝因果の獣コザリティ・ビースト〟だけは違う。


 あれはデーモンによって、可能性……つまり未来を奪われた人の末路なのだ。

 その奪われた可能性の、未来における影響力が大きいほど〝因果の獣コザリティ・ビースト〟は異形化し、強くなる。


 あの人樹が秘める魔力量からして、間違いなく彼あるいは彼女は、将来何かしらを成し遂げる存在だったのだろう。


 いわば、だ。それをクソッタレなデーモンはその可能性を奪い、挙げ句の果てに醜いバケモノへと変えやがる。


 理性は皆無。

 元に戻す方法は絶無。


 可能性を奪われた結果、決して老いず、奪われた時点から永遠不変となり、生半可な攻撃を受けてもすぐに元の姿へと再生してしまう異形。


 それは災厄をまき散らすだけのなれ果てで、自身の因果を失った結果、他者の因果を死という形で奪う獣――ゆえにそれは〝因果の獣コザリティ・ビースト〟と呼ばれた。


「ミオ、攻撃がくるぞ!」


 俺はヤバい気配を察知してそう叫ぶ。

 人樹の膨大な魔力がその気持ち悪く蠢く枝にまるで果実のように実っていき、まるで何かを恐れるかのようにその全身を身震いさせた。


 枝に実った赤いドクロのような形の果実が全方位へと飛び散る。


 それが人樹の一番近くにいた魔獣にぶつかった瞬間に爆散。赤い爆風が魔獣を一瞬で消し飛ばし、周囲を破壊する。


 その爆風によって、まだ空中にあった果実が連鎖するように起爆。


 赤い魔力の嵐が、魔獣達を巻き込みながらミオと俺へと迫る。


「ミオっ!」


 その攻撃の理屈はシンプルだ。ただただ魔力を圧縮して果実のような形にし、まき散らしただけ。だけどもそれを人の身に余るほど膨大な魔力量で行うと、恐るべき全方位爆撃となるのだ。


 俺は頭に痛みが走るのを無視して、構築の手順を一部省略した即席の術式――【魔壁プロクト】を放つ。目標はミオの前方。

 

 青色の障壁がミオの前方に展開され、目前まで迫っていた魔力の爆風を防ぐ。【魔壁プロクト】は<防性術式>にカテゴライズされる術式で、魔力的なものは全て防ぐことができるが、代わりに物理的な衝撃は素通りさせてしまう。更に構築を省力して放ったせいで、防げる範囲も狭く、障壁持続時間は僅か二秒。


 だけども、それは俺とミオにとっては十分すぎるほどの時間だった。


 あえて爆発による衝撃波を受け止め、ミオの小さな身体が、後ろにいた俺の方へと吹き飛ぶ。


 その行動の意図、そして術式展開完了までの残り時間を考えて、俺はジルマリアとイリスを手放した。


 ミオの小さな身体が俺の胸へと飛び込んで来るので、両手でしっかりと彼女を受け止める。


「ただいま、相棒」


 ミオが屈託のない笑顔と共に俺を見上げた。


「お前を相棒にした覚えはねえよ」

「そのわりにはまるでガラス細工を扱うみたいに優しく抱いてくれるじゃないか」

「ほざけ、バカ女」


 そうやって毒づく俺達の前に、赤い颶風が迫る。

 すぐ背後に魔獣。


 どう見ても絶対絶命。



 その言葉と共に――俺はここまでに紡いできた術式を俺とミオを中心とした地面の上へと展開していく。


 呼び起こすは、大地の記憶。

 大地に刻まれるほどの死と血をまき散らした災い。

 この遺跡が、遺跡となった由縁。


 かつて砂漠の民は砂を読み、その場で起きたことや天気、風向き、その全てを識ったという。彼らは砂読み士と呼ばれ、大地の代弁者とも謳われた。


 そんなルーツを持つ俺だけに使える、どのカテゴリーの術式にも当てはまらない規格外イレギュラー


 それが――<識外術式>


「大地の傷をその身に刻め――【追憶再生レクエルド】!」


 展開された魔法陣から金色の障壁が立ち昇る。それは物理・魔力問わずあらゆる干渉を無効化する絶対障壁。迫る赤い爆風も背後の魔獣も、全て隔絶する。


 同時に、世界が歪んだ。


「オオオオオオオオオ……オオオオオオオオオオオオ!!」


 空から呪詛のような咆吼が鳴り響く。同時に暴風が吹き荒れた。


 違う、それは風ではない。


「見ろカナタ……竜だ!」


 空を見上げたミオが嬉しそうな声を上げた。


 それは、その両翼だけでこの遺跡群をすっぽりと包み込んでしまうほどに巨大な黒竜だった。

 

 この暴風は術式でもなんでもない、だ。だけでもよく見ればその黒竜の身体はあちこちが腐っていて、今も肉や骨が腐り落ちてきている。胴体の内部からは青いガスのようなものが漏れ出していた。


 あまりに巨大な質量が空に浮かんでいる光景を見て、脳が軽く混乱する。


 竜。それはおそらくこの星の歴史において最強と呼ぶに相応しい種族――

 

 だが今から千年と少し前、〝炎漂白バーンアウト〟と呼ばれるこの星全土を覆った未曾有の大厄災によって、現代を遥かに凌駕した科学技術を持つ旧人類と、高度な術式を有していた竜達は絶滅した。


 今この世界に残っているのは、その栄華の時代の欠片である古代遺跡だけだ。


「――〝炎漂白バーンアウト〟前、五百二十七年。ここ老山ラオシャン地区は、〝蒼き光、ゼダラディス〟と呼ばれる黒竜に支配されていたという文献が残っている。なぜ旧人類はそんな奴の縄張りでこんな居住棟を建てたのかは謎だが……間違いなくそのせいで奴の逆鱗に触れたのだろう」


 あの腐りかけの黒竜は、伝聞や伝承、文献からして間違いなくゼダラディスだろう。


 今、俺達の目の前で起きていることは、かつてここで起きたことのいわば再生だ。だからとっくの昔に死に絶えた竜も、再び現れる。そしてそれが行ったであろう――大破壊も。


 ゼダラディスが腐り落ちて牙がなくなってしまった顎を開く。見たことのない術式がその周囲に展開された瞬間、視界が歪むほどの魔力が遺跡群全体を包み込む。


「来るぞ」

「うん」


 障壁に守られた俺達に被害が及ぶことはない。しかし危機を察知したのか、魔獣達が逃げ出す。


「無駄だよ」


 俺がそう呟いた瞬間、ゼダラディスの口腔から青い気体状のブレスが俺達のいる地上へと放たれた。


 それは恐ろしい速度で地表に到達すると、全周囲へと広がっていき世界が青く染め上げた。しかし逃げ惑う魔獣達はまだ生きている。


「これで終わり?」


 ミオが残念そうな声を出すので、俺が首を振った。


「まさか」


 次の瞬間、魔獣達の身体の内部から青い光が溢れ出てくる。見れば人樹から、空へと届く程の光柱が放たれていた。


「アgy――」


 断末魔を上げる暇すらなく、魔獣と人樹が一瞬で塵と化した。


「オオオオオオオオ……」


 そんな咆吼と共に、まるで幻のようにゼダラディスが虚空へと消えていく。


 俺達を守っていた障壁が消えたと同時に、青いガスも消えた。 


 数千はいたはずの魔獣達が一匹残らず駆逐されている。


「凄いね、今の」

「ああ……推測でしかないが、今のは【光変化エンドレ】の術式に近いものだろう」


 【光変化エンドレ】――それは攻性術式ですらなく、ただの汎用術式だ。魔力を光へと変換させるだけの術式であり、主に街灯や液晶などに使われている、ごくごく一般的な術式だ。


 だが竜の持つ膨大な魔力と、現代術式理論でも解明できない竜独特の補助術式、〝竜式〟によって、それが一点、大量破壊術式へと変化していた。


「あのガスは、吸った者が持つ魔力を強制的に光へと変化させる術式を含んでいたんだ。さらにおそらくだが、肉体を魔力へと変換させる【魔力変換ヴェランド】も混じっている」


 【魔力変換ヴェランド】もまた汎用術式だが、はっきり言って使用者は皆無だ。肉体を犠牲にしてまで魔力を欲している状況の時点でそれはもう死地以外の何ものでもなく、たとえ切り抜けられたとしても代償がデカすぎる。さらに本来なら他者に掛けられる類いの術式ではないので、当然攻撃にも使えない。


「つまりどういうことだ?」

「つまりあのガスを吸い込んだ者は、強制的に肉体を魔力に変えられて、更にそれを光へと変換させられる。それが延々繰り返された結果、光だけを残し肉体が消滅した。なるほど、〝蒼き光〟という二つ名は伊達じゃないわけか」

「なにそれ、怖っ」

「この遺跡群が無傷な理由が分かったよ。あの術式は、魔力を持つ生物……つまり人類だけを破壊対象とした術式なんだ。一体旧人類は何をしたら、そんな術式を撃たれるレベルで竜に嫌われたんだ?」


 明らかに対人類用の術式だ。現代で使えば間違いなく国際条約違反だろう。とはいえあんな術式、使える者はほぼいないが。


「……まあ、色々ね」


 ミオが気まずそうにそう答えた。どうやら、何か身に覚えがあるようだ。


「おかげさまで敵は片付いたが。さあ、最後の仕事だ」


 さっきまでの地獄が嘘だったかのような静寂に包まれながら、俺達は月光の下、あの人樹のいた場所へと歩いていく。


「これが……」


 ミオがそこに倒れている裸の人物を見て、目を閉じた。


 そこに倒れていたのは青年だった。赤い髪に白い肌。おそらく北方連邦の出身だろう。その顔を見て、俺はポケットに入れていた携帯端末を起動させる。


 その中にある〝失踪者リスト〟を確認する。


 ここに載っている人物は全て、デーモンによって〝因果の獣コザリティ・ビースト〟にされた者だ。


「あった。この人だな――レオン・バリナーシ。北方連邦所属の環境科学の研究者で、若くして環境再生術式の開発に携わっていた人だよ。汚染された大地の浄化を、術式強化した植物で行う研究が有名みたいだ。生きていれば……間違いなくこの星の環境を変えていたかもしれない存在だ。だからあんな姿になったのか」


 〝因果の獣コザリティ・ビースト〟の姿は、その奪われた可能性の影響を受けているという。


 環境再生の為に術式強化した植物の研究をしていた彼が、あんな人樹に変貌したのは皮肉以外のなにものでもない。

 

 俺もミオに習い目を閉じて黙祷を行った。


 彼の明るい未来を奪ったデーモンが憎い。


「一匹残らずデーモンはブチ殺してやる」


 腹の底から沸き立つ怒りの衝動に任せて俺は言葉を吐いた。


 ああ、こういう時に改めて思い出す。俺の人生は、くそったれなデーモンのせいで、大きく狂ったんだ。


「……そこだけは同意するよ、カナタ。僕もまた、デーモンに未来を閉ざされたのだから」


 ミオの言葉に俺は頷く。


 決して仲が良いわけではない俺達が、こうして手を組んでいるのには理由があった。共通の目的があった。


 だけども――まさか。


「いいですね、その目標。是非とも達成していただきたいので、少しお手伝いがしたいのですが――」


 そんな声が、俺達以外に誰もいないはずの夜に響いた。


 まさか――こんなに早くに出会うとは思わなかった。


「お前は……お前はああああああああ!」


 怒りのままに吼える俺の目の前には――渦巻く赤い血を纏う美女が浮かんでいた。その赤く長い髪は風もないのに、ゆらゆらと揺れており、背中の片側から黒い翼が生えている。


 その特徴、その顔。


 それを忘れた日なんて一日もなかった。


「再び相まみえて嬉しいですよ、砂読みの青年」


 それこそが……俺の故郷を滅ぼし、俺以外の全員を虐殺した存在――〝〟だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る