〝デーモン狩りのデーモン〟の追憶 ~世界最弱の傭兵、世界の敵であるデーモンとなる。人間に戻りたければデーモンを狩れと言われたので、白兵戦最強の人外少女とバディを組むことに~

虎戸リア

第1話:なんやらと竜は高いところが好き

 〝老山ラオシャン遺跡群〟内――中央広場。


 摩天楼と呼ぶに相応しい高層ビルの残骸。それがまるで墓標のように荒野の中に立ち並んでいた。


 その隙間から降り注ぐ月光が、俺がいるこの中央広場を明るく照らす。


 この広場は憩いの場として使うことを想定していたのだろうか? 広場のあちこちにベンチがあり、子供用の遊具と思われる鉄の残骸が草に覆われていた。


 俺はそのベンチの一つを使い、野営の準備をしていた。今日は既に夜も深い。依頼されていた調査は日が昇ってからの方が良いだろう。そう判断しての行動だったが――


「なのにあのバカ……。なんやらと竜は高いところが好きってのはどうやら本当のようだな」


 俺はその中央広場のすぐ横にあるビルを見上げて、思わずそう言葉を漏らしてしまう。


 この遺跡は旧人類が千年以上前に造り上げたと言われている。しかしその目的は未だに不明だ。

 明らかに居住用として作られており、人が住んでいた形跡は僅かに残っているものの、周囲には荒野しかなく他の施設や都市の痕跡すらもない僻地。なぜこんな場所に数万人も住める大規模な居住棟を建て、そして大して使いもせずに放置したのか。


 住民達は一体どこに消えたのか。


「……まっ、あとで嫌でも分かる」


 こういった手付かずの古代遺跡は、とある存在達にとっては良い隠れ蓑になる。だからこそ俺は予感していた。どうせ、今日も俺の予定通りに事は運ばないことを。


 まるでそれを証明するかのように――静かな月夜を掻き消す轟音が、見上げていたビルの中層から響く。


「クソ! あの脳筋バカ女の言葉を信じた俺がアホだった」


 その音と同時に、周囲の空気が揺らいだ。


「アギャギャギャギャギャ!」


 気味の悪い笑い声のような、咆吼が中央広場にこだまする。


 俺が慌ててそれが聞こえた方へと目を凝らすと、暗闇に無数の赤い双眸が浮かび上がった。


「くそ、気取られたか!」


 反射的に、左手で腰に差していた護身用の古ぼけた魔導銃――エスカデ社製魔導リボルバー〝イリス〟を抜き、利き手でミリアム・ウエストアーム社製の魔導短剣――〝ジルマリア〟を構えた。


 だが、暗闇から現れたその存在達を前にして、俺の武器はあまりに貧弱だった。


 そこにいたのは、金属のような光沢を放つ毛皮に覆われた狼の群れ。しかも一体一体が熊のようにデカく、更に前屈み気味だが、二足歩行をしている。自由になった前脚には、一本一本が短剣ぐらいの長さと鋭さがある爪があり、頭部には歪にねじ曲がった角。尻尾の代わりに、なぜか人間のものと思われる腕が何本も生えている。


 明らかに野生動物とは違う、異形。


「やっぱり魔獣がいやがったか。くそ、最悪だ」


 魔獣。

 それは現人類、いやこの世界にとっての敵性存在である――〝デーモン〟によって生み出された尖兵の一つだ。ただ人を殺すことしか考えていない、歪な存在。


 それがいるということは、その魔獣の主も勿論いるということで、さらに運が悪ければそれらを生み出したデーモンもいる可能性がある。


「いずれにせよ、俺一人じゃどうにならん!」


 俺は素早くイリスの銃口を上へと向けると、弾倉に込めている空の術式弾へと魔力を込めていく。


 込める術式は【信号アンペル】。

 脳内で構築展開された術式が術式弾へと封じられ、俺はトリガーを引いた。込められた魔力によって生じた小爆発を発射エネルギーに変えて、銃口から術式弾が放たれる。


 銃弾内で、発射時の魔力による反応が引き起こされ、【信号アンペル】の術式が発動。淡く発光するその銃弾は一定距離まで行くと爆散し、強烈な赤い光と煙を周囲にまき散らした。


 それはつまり、〝緊急事態なので、さっさと助けにこい〟の合図だ。


 俺はすぐさま反転。見上げていたビルの入り口へと疾走を開始する。こんな開けた場所で魔獣の群れを相手取るのは自殺行為すぎる。


「グギャアアア!」


 獣の咆吼が俺の背中を叩く。微量に魔力の籠もったそれは、それだけで一瞬気絶しそうになるほどの圧力がある。


 目前に迫るビルの扉へと今度は右手に持つ魔導短剣ジルマリアの切っ先を向けた。埋め込まれた魔導触媒の補助を受けながら脳内でさらに複雑な術式を構築していく。


 目の前の扉は、素材や開閉装置の感じからして間違いなく旧時代の産物だ。だとすれば今から使う術式が効果を発揮するかは、半々だろう。


 だが何もしなければ待っているのは、無惨な死だ。

 まだ俺は死ぬ訳にはいかなかった。やるべきことを、すべきことを、何一つ成し遂げていない。


 そんな思いと共に術式の構築が完了する。ジルマリアへと魔力を込め、術式を刃の切っ先に展開。

 展開された術式が魔法陣のような形になり、切っ先に魔力光が灯った。


「――【解錠パスパルト】!」


 別に術式名を叫ぶ必要はないが、こういう時だからこそ思わず口に出してしまう。一種の願掛けだ。


 ジルマリアの切っ先から放たれた赤い光が扉へと命中。鈴のような音が鳴り、扉に掛かっていた鍵が外れてひとりでに開いていく。


 俺はそこに滑り込むと同時にジルマリアを背後へと向け、もう一つ並列構築、展開していた術式を発動。


「【施錠キアヴェ】!」


 再びジルマリアの切っ先から放たれた赤い光が今しがた通り過ぎた扉に命中する。今度はさっきの倍以上の速度で扉が閉じていき、ガチャリと鍵が掛かった音が響く。


 すぐ後ろに迫っていた魔獣達が閉じられた扉へと激突。


 轟音と衝撃。


「流石は旧時代の遺跡。クソ頑丈だな」


 それほどの衝撃を受けても、扉は少々歪んだ程度で済んでいた。旧人類の皆さん、扉を丈夫に作ってくれてマジでありがとう。


「やっぱりこういう遺跡では役に立つな……【解錠パスパルト】と【施錠キアヴェ】は……」


 今俺が使った二つの術式は、どちらも近代になって生み出されたものだ。


 そもそも術式とは、古い時代に魔法と呼ばれた不可思議な力を人類が科学によってそれを技術として体系化させたものだ。結果、我々はこの〝術式〟という素晴らしい力を手に入れ、それにより人類の文明レベルは急速に発展した。


 だがそれは同時に、デーモンという災いを呼び寄せるきっかけともなった。


 だからこそ術式を扱う者、〝術者〟の中でも国や自治体、企業に雇われてデーモンや魔獣の討伐を生業とする者達――つまり俺達〝傭術士マージナリー〟の仕事が成り立つわけだ。


 何とも因果な話である。


「とりあえず、さっさとあのバカと合流し――っ!?」


 そんな独り言と同時に、施錠した扉の向こうから大音量の金属音が鳴り響く。


 見れば扉の表面にミミズ腫れのような五本の線が浮かび上がった。そういえば、さっきの魔獣の前脚には五本の長い爪が生えていたな。つまりそれが意味することは――


「まさか力尽くで破壊する気かよ!?」


 再び轟音。ミミズ腫れが更に膨れ上がり、扉に亀裂が生じる。


「ヤバいヤバいヤバい!」


 俺は扉から離れて、逃げ場所を探す。ビルのエントランスから先には、明らかにもう稼働していないエレベーターが二機あるホールしかない。


「階段はどこだ!?」


 こういう居住用のビルなら非常階段があるはずなのだが、それがなぜか見当たらない。


「ふざけんな! 停電したらどうする気だよ!」


 そんな杜撰な建築物があってたまるか!


 そう叫んでも、ないものはない。エレベーターホール以外にあるのはエントランスの脇にある管理人室だけだ。そこに逃げ込んだところで、あの魔獣の前では無駄だろう。


「ヤバいヤバいヤバい」


 まさかの行き止まりだった。デッドエンドとはまさにこのこと。


 次の瞬間――扉が悲鳴を上げながら吹っ飛んだ。それは火花を散らしながらエントランスの床を滑り、エレベーターホールの壁へと激突する。


「ゲギャアアアア!」


 獣の咆吼が響き渡った。


「マジかよ……クソ」


 破壊された扉から、なぜか魔獣がだけ侵入してくる。その背後を見て、俺は状況を察した。


「俺は非戦闘員なんだよ……なあ、分かるか? 戦えないって意味なんだ」

「ゲギャゲギャ!」


 まるで俺をあざ笑うかのように、吼える魔獣。

 

 そう。俺の本職はこういった遺跡の調査を行う考古学者で、傭術士はとある目的の為に渋々やっているに過ぎない。


 だから傭術士に必須の、いわゆる攻撃魔法な<攻性術式>も、身体能力を飛躍的に向上させることができる<強化術式>も、一切使えない。


 おそらく、俺がの傭術士だろう。


「でも、それでいいんだ。俺はあくまで後方支援。お前みたいなクソ野郎をブチ殺すのは……俺の仕事じゃねえ」


 俺の言葉と共に魔獣が前脚を振りあげた。だけども、こいつができるのはそこまでだ。


「――僕の仕事さ!」


 そんな可憐な声と共に、が薙ぎ払われた。


 それはバルディッシュと呼ばれる、古の時代に使われた巨大な斧のような武器だった。刃渡り百五十センチメルトはある分厚い刃が長い柄の先に装着されていて、術式発動を補助する魔導触媒などは一切見当たらない。


 つまりそれは、今はもう廃れてしまったであることを示している。


 付けられた銘は――〝竜狩りの断斧、ドラグレイブ〟。


「アギャ?」


 何が起きたかも理解できず――魔獣の胴体があっけなくその巨大な斧によって両断された。


 血が舞うなか、その巨大な武器をまるで紙細工のように軽く扱う少女が俺へと近付いてくる。


 雪のように白い肌。月光のようなミディアムボブの銀髪。その端正な顔にはまだどこかあどけなさが残っている。しかしボディラインに沿った黒のインナースーツのせいで、大人顔負けのスタイルが嫌でも目に入った。


 背は低めだが、こんな状況でなければ間違いなく劣情を抱いてしまうようなスタイルの良さだ。しかしそのシンプルなインナースーツとは裏腹に、手足にはまるで中世の騎士を思わせるようなゴツい手甲と脚甲を纏っている。肘と膝の上まで覆ったそれによって、逆に剥き出しになった二の腕と太ももが眩しい。


 端的に言って、それは美少女だった。


 もちろん、絶対に本人の前でそれを口にはしないが。


「それで? 助けてやったのに、礼の一つも言えないのかい? カナタ・ハルザール」


 俺をフルネームで呼ぶ、その美少女が獰猛な笑みを浮かべた。その背後には、魔獣の群れ……だったものが散らばっている。いずれも巨大な刃物で一刀両断されているのが分かった。


「あのなあ……ミオ。俺言ったよな? 〝夜に魔獣とやり合うのは危険だから、本格的な調査・討伐は日が昇ってから〟、って」


 俺の怒気の籠もった言葉に、その美少女――自称〝俺の相棒〟と名乗りやがる人外脳筋バカ女――ミオ・ソティスが首を傾げた。


「そうだったかな?」

「そうだよ! なのにお前は〝ちょっとビルの上見てくる! なあに心配するな、暴れはしない〟、とか言ったわりにはすぐに魔獣と戦闘を始めやがるし!」

「いやあ、悪い悪い。魔獣を見付けたらついつい血が滾って、気付いたら殴ってた。てへっ」

「だから行くなって言ったんだ!」


 気付いたら殴ってたってどんな蛮族だよ! いや、そういやこいつそもそも蛮族だったわ!


「うんうん。まあ事故だよ事故。それと、残念ながらデーモンはいなかったけど――〝因果の獣コザリティ・ビースト〟はいたぞ」


 その言葉と共に、外から先ほどの魔獣とは比にならないほどの魔力量を秘めた咆吼が響いた。


「ほら、子分を殺されてお怒りだ」


 なぜか嬉しそうにミオが口角を歪ませた。


「ちっ……なら倒すしかねえな。くそ、何が遭遇率十%以下だよ……帰ったらクレーム入れてやる!」


 今回の依頼は魔獣および、そのボスととも呼ぶべき存在である〝因果の獣コザリティ・ビースト〟の調査・討伐だ。〝ほぼいないと思うし無駄足になるけど、念の為、見てきてくれる?〟――的な依頼だったから受けたのに!


 しかしこの状況になった以上は、魔獣達を倒すしか道はない。逃げたところで奴らはこちらを倒すまで延々と追ってくるだけだからな。


「倒す……か。それが問題なんだよ」


 ミオが何やら考え込むような素振りを見せるが、こいつは基本的に戦闘のことと飯を食うこと以外は何も考えていないのを俺はよーく知っている。


「あん? いつも通り、その頭悪そうな斧で殴ってこいよ。ついでに派手に死んでくれ。そうしたら毎月クソみたいに払わされている傭術士協会保険からがっつり金をふんだくれて俺はハッピーだ」


 俺がいつも通りに悪態をつくと、ミオがため息をついた。


「はあ……時々思うけど、君は僕をなんだと思っているんだ?」

「斧振り回し機能付きポンコツ白兵戦ロボ。ただし時々味方を巻き込んで自爆する最先端機能付き。つまり、燃えないゴミ」


 俺はその言葉を放つと同時にバックステップ。俺の立っていた位置に、ドラグレイブの凶刃が振り下ろされた。


「おや、残念。オプション機能の〝肥満に悩むパートナーに施す最新のダイエット法〟が起動したのに」

「真っ二つに斬ったら体重が半分に減るね! じゃねえんだよ」

「じゃあ人体で一番重い頭部を除去しようか。うっかり死ぬかもしれないけど気合いで堪えてほしい」

「死ぬわバカ。で、問題ってなんだよ」


 わりと緊急事態なのについじゃれ合ってしまうのは、良好なパートナー関係を築くコツなのかもしれない。いや絶対に違う。


「外出れば分かるよ。こうなったら、もう――


 その言葉と共に、俺はミオと外へ出た。


「ああ……なるほど」


 その意味を俺は痛いほど理解できてしまった。


 俺がさっきまでいた中央広場に、謎の物体が出現している。


 それは一見すると、巨大な樹だった。

 しかし良く見ればその幹の表面は皮膚だし、突き出ている枝は全て人の腕や足で、葉の代わりに手のひらや指がびっしりと生えている。


 人体で樹を模した先鋭的な現代アート、と言われたら納得しそうなルックスだ。


「なんじゃありゃ」

「魔力的にあれが〝因果の獣コザリティ・ビースト〟だよ。でも問題は――」


「ギャギャギャギャ!!」

「ゲギャアアアアア!!」

「ギャラギャラギャラ!!」


 遺跡中に咆吼が響き渡る。見上げれば、周囲のみならず全てのビル群から魔獣の群れが溢れ出て、こちらへと向かってきている。その数、数千はのぼるだろう。


 さらに、あの人樹とも呼ぶべき〝因果の獣コザリティ・ビースト〟の枝から、まるで早送りを見ているかのような速さで先ほどの魔獣が実っていき、ボトリと地面へと落ちた。


「あいつがいる限り、魔獣が無限に湧いてくるね」

「最悪じゃねえか」

「流石の僕でもこの数から君を守るのは無理ゲーっぽい」

「だな」


 俺はそう言いながら、戦闘前からずっと脳内で構築し続けていたの完成まで時間を予測する。それは戦闘力皆無の俺が唯一持つ、切り札。


 戦況を、戦場を、一変させる力を秘めたワイルドカード。


 ただし放てるの一回。しかもバカみたいに構築に時間が掛かってしまう欠点がある。


「……あと最低でも十秒。持たせられるか?」

「あはは、愚問だね」


 だからこそ――ミオがいる。


「どんな絶望があろうと、僕は変わらない、変えられないんだから」


 そう言って、不変の存在であるミオが迫る魔獣の群れへと走り出した。


 ならば俺は俺の仕事をするだけだ。


「さて、勝手に人様の世界に来て暴れているバカどもに見せてやろうか――この星の、大地の記憶をな」

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