最果ての迷宮とパミューラ・ベルガモット
パミューラ・ベルガモットことパメラは熟達した腕前の斥候である。
猫人という種族に生まれた彼女は、種族特有の身軽さと野生の勘ともいうべき勘のよさでこれまで多くの迷宮を踏破してきた。
斥候という職業は迷宮を攻略する上で無くてはならないポジションだ。
というのも迷宮には誰が仕掛けたか、様々な罠が張り巡らされており、また時折発見できる宝箱にも罠が仕掛けられている。
たかが罠と侮るなかれ、それは時として迷宮に巣くう魔物よりも恐ろしい。
石化ガスや転移罠が危険な罠の筆頭にあげられるであろう。
特に転移罠は最悪だ。
転移罠とはパーティがランダムに強制転移させられるのだが、これが壁の中だろうがなんだろうがお構いなしに発動する。
よって運悪く石壁の中に転移してしまった場合は……お察しということになる。
その悪夢を免れたとしても、迷宮を迷い歩き、結果として餓死してしまったなどという死亡例は後を絶たない。
斥候はそういった致命的な罠を防ぐためにも重用されている。
そういうわけでその日も彼女は熟練のパーティに雇われ、迷宮にもぐっていた。
今回の迷宮は最果ての迷宮と呼ばれている広大な迷宮だ。
いまだ踏破がされず、その階層は100や200では利かないという。
最奥部に何があるのか?
邪神が封印されていると言う者もいるし、何でも願いがかなう宝珠があるのだと言う者もいる。
今一番冒険者達の注目が集まっている迷宮といってもいい。
迷宮は恐ろしい場所だが、大きな利益を与えてくれる場所でもある。
特に冒険者にとっては。
迷宮とは魔力の坩堝であり、多くの魔物が湧き出てくる場所だ。
冒険者はそれらを狩ることによって様々な素材を得たり、また、魔物の死に際に放出される魔力を吸収することにより力を増す。
地上にも当然魔物はいるのだが、やはり迷宮のそれと比べるとか弱い。
もちろん地上のすべての魔物が脆弱だというわけではなく、場所によってはきわめて危険な場所もある。
とはいえ、そういった特別な場所に行くには超えねばならないハードルも高く、冒険者達にとっては誰でも挑戦できる迷宮というのは大きな意味があった。
それに何より大きいのは宝だ。
迷宮には言葉とおりに金銀財宝が眠っている。
宝石の原石が沢山とれる階層もあるし、珍しい金属が取れる階層もある。
希少な薬草だってとれるし、深部の宝箱には素晴らしい魔法の武具が眠っていたりすることもあるのだ。
当然、それに見合った危険もあるのだが。
◆◆◆
―最果ての迷宮・B3F―
暗い通路を4名の男女が歩いている。
全身を鎧で覆った大柄の男、弓を担いだ男、灰色のローブに身を包み杖をつく老いた男、そして皮鎧に身を包み、猫耳をぴこぴこと動かしている女、パメラ。
「で、どうよ?パミューラ。」大柄の男性…ドンドがパメラにたずねた。
その眼は鋭くあたりを警戒している。
「魔物の気配はないね。罠は…大丈夫そうだ。とりあえずどちらへ行くかきめてよ、リーダー。」
くんくんと空気のにおいを嗅いで、ドンドへと告げる。
猫人であるパメラは気配に敏感だ。
音と匂いで気配を察する。
一行は三叉路の手前に居て、これからどちらへ進んでいこうかという話し合いをしていた。
彼らの目的は宝探しである。
というより迷宮を訪れる多くの冒険者の目的がこれだ。
まぁなかには特殊な目的を持ち迷宮へ入る者もいるが…
「じゃあまっすぐいくとするか。油断するなよ、お前ら。」
B3Fまで一行は特に問題なく階層を踏破してきた。
ソレも当然だ。彼らは優秀な冒険者であり、相応の実力を持っている。
ドンド、弓使いのカルロス、魔法を得意とする老人ゼフ。
彼ら3人はもとからPTを組んでいてチームワークは抜群だ。
ドンドが前衛をつとめ、カルロスが矢を打ち込み敵陣の足並みを乱し、ゼフが魔法を放ち敵を倒す。シンプルゆえに隙が余り見当たらない陣形である。
パメラは彼らに雇われる形で臨時にこのPTへ加わった。
何でも前任者の斥候が罠の解除に失敗し死んだらしい。迷宮ではよくあることだ。
そう、迷宮ではよくあることだ。
◆◆◆
持って生まれた勘のよさとも言うべきか、パメラは妙な雰囲気を一行に感じた。
一行とはつまり、パメラ以外の三人。ドンド達三人のことだ。
注意してみてみると、妙な目配せをし合っているのが分かる。
そしてなによりもパメラの警鐘を鳴らすのが…
「パミューラ、魔物やほかの冒険者の気配はするか?」
ドンドのこの質問だ。
別におかしい質問ではない。
ないのだが…
≪なんだろう…?何か変ね…≫
気のせいかもしれない、でも気のせいじゃないかもしれない。そんな葛藤がパメラを苦しめるが、とりあえず気配を探る。
魔物に不意打ちされたりでもしたら彼女自身だって困るからだ。
≪気配…する…!魔物?いや…人…?冒険者かしら…≫
パメラの熟練の斥候としての技能が、やや離れた場所にいるなにかを捉えた。
気配察知は別に特別な技能ではない。
この世界の人間は大なり小なり皆魔力を持っているが、気配察知はその魔力を捉える技能だ。勿論魔力だけではなく、匂い、音、そういった五感の感触を複合して気配を探る術である。
だがパメラはなぜかそれをドンドたちに告げる気にはなれなかった。
熟練の冒険者である彼女の勘はドンドたちに気を払うよう警告していたのだ。
才ある斥候は勘働きに優れる。
パメラの勘はこの事を奴等に告げるな、これはお前の武器となる…と告げていた。
「……いえ、近くには魔物も冒険者もいないみたい…」
パメラがそう告げると、ドンドは頷く。
いつも通りのやり取り。
だが、パメラはドンドの瞳を見た。
その瞳は欲情の炎に揺れていた。
カルロスの体から発するある種の匂いを嗅いだ。
興奮した人間が発する独特のにおいだ。
ゼフの杖がさりげなくこちらへ向けられるのを感じた。杖の先から濃厚に匂い立つもの、それは
≪殺気!!≫
弾け飛ぶようにパメラは身を翻し、彼らとの距離をとる。
その瞬間、パメラがそれまで立っていた場所に不可視の魔弾が打ち込まれ、石畳に皹が入った。
「おいおい、アレをかわすのかよ」
呆れたようにぼやくドンド。
「足を潰すか……」
鋭い目つき、だが瞳の奥に悦びの色も浮かべてるカルロス。
「ほうほう!!すごい身のこなしじゃのぉう」
狂笑を表情を浮かべるゼフ。
そう、彼らは最初からパメラを狙っていたのだ。
パミューラ・ベルガモット、ここ最近名を挙げてきた冒険者。
猫人らしい無駄のないしなやかな肉体、美しい銀髪、整った顔立ちの彼女は良くも悪くも目立ってしまっていた。
ドンド達がこういう行動に出るのはコレが初めてではない。
彼らはもうずいぶんと前から同じようなことを繰り返していた。
「不意をつけば楽できるとおもったんだがなァ~。さすがだぜ、パミューラ。お前みたいな女はさぞ旨いんだろうなぁ?なぁお前ら。前のエルフも旨かったけどよぉ」
じゅるりと舌なめずりをするドンドにパメラは生理的嫌悪感を覚える。
≪前のエルフ?≫
その時パメラは街できいたあるうわさを思い出した。
曰く、ここ最近、迷宮で行方不明者が増えているらしい。
曰く、行方不明者は皆女らしい。
「あんたら、まさか………」
パメラはぎりっと歯を食いしばり、ドンド達をにらみつけた。
「早くヤっちまえよ、ドンド。その次は俺だ。ぐちゃぐちゃに腹を抉ってやるのもいいな…その後は目玉をほじくりだすか?そして子宮もくりぬいてやるよ…く、くくく…」
「その次がワシじゃなぁ、ひゃ、ヒャヒャヒャヒャ!!魔法のな、実験をしたいのよ、死体をつかってな。迷宮は、ほら、事故も多いじゃろ?な?じゃからな、お嬢ちゃんも事故にあうんじゃよ、これからのう!」
そう、ドンド達は異常者だ。
ドンドは女を強姦せずにはいられない男。
カルロスは極度のサディストだ。
そしてゼフは狂的なまでの実験欲がある。それこそ倫理など無視してでも。
彼らに犯され、傷つき損壊され、挙句外法の実験に使われた犠牲者は10の指ではくだらない。
最終的に犠牲者皆、殺され肉塊になるか、外法の影響で見るもグロテスクな魔物に成り果てるかしていた。
「………ッ上等ッ!!」
パメラの投げナイフが数本、猛烈な速度でゼフに飛来する。狙いはすべて急所。
集団との戦いではスペルキャスターから先に殺せというのは定石である。
だが…
金属と金属がぶつかり合う目障りな音。
投げナイフのすべてがドンドの分厚いプレートメイルにさえぎられてしまう。
「俺を忘れるなよなァ~パミュウウラァァ~」
気障りな間延びした声を聞いてパメラは臍を噛んだ。
彼らは性質こそ異常だが、その腕前は良い。B3Fまで一緒にPTを組んだパメラには、彼ら一人一人が自分と同格であることが分かっていた。だからこそ、一番厄介なゼフを倒しておきたかったのだが、残念ながらその目論見は失敗に終わってしまったようだ。
「…痛ッ…!ぐ…」
パメラの左腕には矢が突き刺さっていた。彼女の投擲にあわせてカルロスが撃ったのだ。カルロスはハンターと呼ばれる職業であり、このように相手の動きを封じる技術に長けている。
痛みに思わず腕を押さえてしまったパメラに更なる追撃が加えられる。
破裂音と共に打ち込まれる不可視の弾丸。
魔弾と呼ばれるその術は、魔力をそのまま撃ちだし、敵を打擲する。
熟練者のそれは骨の1本や2本、軽くへし折るだけの威力がある。
ゼフの魔弾に弾き飛ばされ、盛大に石畳を転がるパメラ。
肌が露出している部分は擦り傷だらけで、腕は矢に射られ出血もしていた。
激しく打ち据えられたせいで呼吸もままならない。
「ぜぇったい絶命のピンチだなぁ、パミュウラぁ~」
ドンドが舌なめずりをしながら近づいてくる。
パメラは這いずって逃げようとする。
勿論現実はそう甘くはない。
そう、現実は甘くない。
ただし、今回の場合はドンド達にとってだ。
ゼフの胸から錆びた刃が生えた。
「……ほ?お、お、お、なんじゃ、なんじゃこれは…ゴフッ!」
貫かれた剣がゼフの正中線に沿って、上へ上へと彼の肉を切り裂きながらあがっていく。
「ギぃ…」
そしてついにはゼフの頭部を真っ二つにし、ゼフはビクビクと足を震わせ地に倒れ伏した。
≪な、なに!?なんなの…?≫
絶対絶命のピンチだったパメラもこの事態には驚きを隠せない。
ましてやドンドとカルロスにとってはなおさらだった。
「て、てめぇ!!!なにもんだ!ぜ、ゼフ…」
ドンドが叫び、ゼフを見やる。当たり前の話だが完全に絶命している。
カルロスは下手人を鋭くにらみつけた。
――キィエエェェェエアアァッァアアアア!!!!!!!!!!
目の前の「ナニカ」が突然金切り声をあげる。
その声はまるで魂を引き裂かれたかのような悲痛に満ち、聞くものの心を不安で満たすような狂気に溢れていた。
それでも圧倒されずに堪えきるドンドとカルロスは、その性質はともかくとして流石といわざるを得まい。
仲間が目の前で惨殺されたにも関わらず、彼らはすぐに戦闘体制をとった。
ドンドが盾を構え、手斧で何かに切りつける。
同時にカルロスが頭部を射抜いてやろうとばかりに弓を引き絞った。
その瞬間響く衝撃音
ドンドの目の前から何かが消えた。
いや消えたのではない。
地を蹴り、側壁を第二の地として利用し、その反動を利用して凄まじい速度でカルロスの背後に廻ったのだ。
ドンドが面食らいながらも振りむくと、そこには人のような人ではないようなモノが佇んでいた。
襤褸を申し訳程度に腰に巻きつけ、髪は白髪、その手には血に塗れた剣を持っている。
慄くドンドの足元に何かがぶつかった。
見れば、眼を見開いたカルロスの、頭。
「なんだ…なんなんだよおおおおお!!!!!!!!!!」
ドンドが絶叫し、がむしゃらに何かへ突進する。
ドンドの精神がついにはち切れたのだ。
その時、ヒュン、という風を斬る音をドンドは聞いた。
それがドンドが聴くこの世で最後の音であった。
◆◆◆
パメラの目の前にはつい先ほどまで彼女を惨たらしく殺そうとした男達の死体が転がっている。
一人は胸を突き刺され、そのまま頭を真っ二つにされて。
一人は頭部を物別れにされて。
最後の一人の喉には錆びた剣が深々と突き刺さっており、その表情は苦痛に満ちた断末魔のものだった。
そしてその惨劇を作り出した何かは、ぼうっと立ちすくみ虚空を見上げている。
パメラは自分が助かったとは思っていなかった。
目の前の男は明らかに正常ではない。
人間ではあるようだが、完全に正気を失っている。
虚空を見上げぶつぶつを何かを呟く彼がいつ自分を殺すか分かったものではなかった。
逃げようにも体は動かず、ドンド達に捕まるのとこの男に惨たらしく殺されるのではどちらがましかと暗澹たる思いで居たとき、それはぎょろりと目玉を動かし、パメラへ視線を向けた。
1秒後には死んでいるかもしれない。そんな恐怖に震えるパメラに男が近づき、ぎょろぎょろと無遠慮な視線を向ける。
パメラはぶるっと震えるものの、内心、己に喝を入れる。まだ死ぬとは決まったわけではない。
彼女にも修羅場の1つや2つは潜り抜けてきた自負がある。
己を奮い立たせて、パメラは男へ語りかけた。
「あ、ありがとう、助けてくれて…。あたしはパミューラっていうんだ」
声が震えてしまうのは仕方がなかった。
よくよく見てみれば、男はやはり人間であり、それも自分と同い年くらいの面影がある。
勿論その様相は悪鬼染みており、その凄惨な外見に幾分かは圧倒されるが、なにより恐るべきはその魔力だった。
パメラは職業柄、魔力を感じ取る術に長けている。
したがって青年の内包する魔力もある程度は感じ取れるのだが…
≪な、なにこの魔力…。やっぱりこの人、人間じゃないのかもしれない…≫
噎せ返るような魔力の奔流がパメラを酷く苛む。
当の男と言えば…
「アー……」
呻きとも取れないこともない声をあげ、パメラに背を向け迷宮の暗がりへ足を運んでいった。
パメラは引き止める気にもなれず、呆然と彼の背中を見つめる。
やがて彼の気配は薄くなり、消えていった。
なぜ彼がパメラをほかの三人と同様に殺さなかったのか。それをパメラが知るのはもう少し後の話となる。
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