彼と彼女の初日

彼と彼女の初日【01】




 あてがわれたのは三本ある尖塔の内の一つの、城の中で一番空に近い、一室。

 南向きの大きな窓に身を寄せている少女は、差し込む陽光にじりじりと焼かれながら眉間に深い皺を刻んだ。

 外界を見下ろして、下唇の内側を強く噛み締める。

 晴れやかな午後の日差しに金を思わせる薄茶色の髪が光を含んできらきらと艶やかに煌く中、薄青の瞳だけが険しくただ一点を凝視し睨み据えていた。




 聖王都セレンシア。

 陸竜に守護されし王国は城の内外問わず騒然としていた。

 騒然としていながら、皆浮かれてもいる。

 見知らぬ異国の少年が第一王位継承者の伴侶を連れてきたという話は瞬く間に広まり、既に小さなお祭り騒ぎにまで発展していた。

 次代の王は竜に縁を持つ者の占いによって選出される者を伴侶とする。それが代々からの習わしとなり、いつしか王になる為の条件の一つへと固定付けられた。それに占いに反した場合、最悪王国滅亡という結果に至るだろうという推測は過去の王家の歴史が如実に語っていて、今や誰も大声でおかしいと否を唱えることもない。

 さてどんな基準でか先見の占いによって選ばれた誰もが、度重なって襲ってくる危機から王国を救っているという事実は変えようの無い事柄であり、この仕組みがあったからこそ、弱小である王国がこうして平和に栄えられているのだから、それのどこに不満が生まれよう。

 救世主たる王家の伴侶が新しい次代の王の為国に嫁いで来たと知れ渡れば、誰もが皆浮き足立つのも頷ける。

「殿下。ラシェン殿下」

 晴れた日の陽光にじりじりと焼けながら窓の向こうを眺めていた金の髪に鳶色の目を持つ少年に小さく声を掛けた女官は、振り返った彼ににっこりと微笑む。

「リーガルーダ様からまた難しい宿題でも出されたのですか?」

 セレンシアでは珍しくもない金色の巻き毛をきっちりと纏め上げ皺一つ無い制服を着る楚々たる少女は、少年が見ていただろう東の庭に視線を向けた。

 城の東に、かの守護竜にと宛がわれた離宮と庭がある。

 現在の第一王位継承者は教師でもある守護竜から無理難題をふっかけられ煮詰まるとこうやって窓から東の離宮に向かって睨むことがあった。

 今回は花嫁の到着ということもあり、将来に向けての講義でもされたのかと首を傾げる女官にラシェンは眉間に皺を寄せて、首を横に振った。

「そうではない。ただ……」

「ただ?」

 歯切れの悪さに鸚鵡返しに問い返した少女にラシェンは一度口を閉ざして、窓から離れた。

「殿下?」

 無言で去っていく少年の背に疑問を持つがそれを口に出せるような立場ではない少女は、一度礼をしてから反対方向へと仕事をするために歩き出した。

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