陸の民と、空の民の守り人の契約【07】




 リーガルーダは再び首を左右に動かした。

「あなたは償いに来たのでしょう?」

 青年を覗き込んだままの少年は広げた掌を自分の左顔面に添える。

 開いた指の隙間から見下されて、イズリアスはリーガルーダの茶色い瞳が何も映していないことに気づいた。掌に隠れて唇は見えないが、声の響きから笑っているように思えるが、顔色は変わらず仄ほのか青く悪い。

「リーガ、ルーダ」

「では、償いに来た風竜に、俺は何を与えればいいでしょう?」

 呼び声を無視して、彼は続ける。

 顔を這う掌が、その指先が一箇所で止まった。

「あなたに受けるべき罰があるとするならば、その原因を作った俺にも受けるべき罰と相応の償いがある」

 力を込められた指。

 伝う雫がイズリアスの唇に落ちた。

「陸竜……」

 口内に広がる鉄の味に遅れて状況を理解したイズリアスは底から震え上がり、

「正気か、貴様ッ!」

耐え切れず吼えた。

 その顔面に容赦無く血の雨が降り落ちる。血液不足で明らかに勢いの足りない、粘つく体液の気持ち悪さよりも、体が動かないことに恐怖を覚えた。

 音を立てて抉り引きずり出す様子をまざまざと見せ付けられて、言葉を失った。

 血の涙を噴いた青白い顔でリーガルーダが笑う。人間の少年が見せる無邪気さで。

「正気、ですよ?」

 光さえ宿さぬ虚ろな瞳を認め、本能的にイズリアスは全力で抵抗した。

 爆発的な風の動きに耐え切れず窓という窓が割れ、木製の扉や壁の弱い部分が歪むが、体の拘束ははずれない。

 地の属性であるリーガルーダが天の属性であるイズリアスに何をしようとしているのか。

 狂ったとしか思えないその行動とどう足掻いても逃げられない状況にイズリアスは恐慌を来した。

 何をするためにこの場に居るのか、その目的すら吹っ飛び逃れたい一心で叫ぼうと口を大きく開いた瞬間、イズリアスは凝固する。

「もし今の現状が俺が犯した罪の結果であれば、俺には償う義務と手段がある。ま、起こったことをなかったことにはできないですが」

 リーガルーダと出会った日から開くことの無い左瞼に押し付けられた温もり。

「あなたから奪わなければ、あなたは俺を憎むこともなかったし、俺もこんな目に遭わなかった」

 だから。

「だからせめてお返しいたします。そうすれば、あなたもあなたの償いができる」

 語る声に生気は帯びていない。

「互いに再び同じ量のモノを失って、同じ量のモノを背負いましょう。さすれば、代替を得、歪ひずんでしまった物事も足並みを揃えることができましょう。そしたらもう一度巡らせることができる」

 確証も無く断言するリーガルーダの言葉は寝言か死者の戯言か、死人に口無しというくらいだ、ただの寝言かもしれない。まず、イズリアスには理解できなかったし、理解できる余裕もなかった。

 押し当てられ、力の限りとねじ込んでくる。それだけで頭が一杯だった。

「俺はあなたに左目を返し、あなたは俺を生かす」

 抵抗するイズリアスに微笑みながら囁いたリーガルーダは、弾力を帯びた球形を押し込む指に有りっ丈の力を込める。

「逃がしはしません。俺は、眠るわけにもまして死ぬわけにはいかないのですから」

 執念の言葉と共に収められた地の属。

 沸き上がる嫌悪にも似た拒絶の衝動に耐え切れなかったイズリアスは、人の耳では捉えられない音域での絶叫で吼えた。

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