陸の民と、空の民の守り人の契約【06】
「魔力は人の防御本能を基盤にしている。術者が弱化しているときに扱いを誤れば、引き起こされる現象はただひとつだ」
力が意思を上回った時、力は術者に対して最良だと判断した方法を実行に移す。そして、多くの理論に従い生命力と呼ばれる力を糧に発揮される不思議は、急激に術者を消費させ消耗させる為、生命の維持を最優先させる力の基盤たる防御本能は休息の極致たる眠りを術者回復その方法として多くの場合採用する。
そのこと自体に問題があるわけではないが、不運であったのは、術者を休息させるのが第一の使命として独自に働いた魔力が術者を眠らせた後、その単独性を失ってしまうことだった。自立するのを止めて指令を待つ待機状態になってしまった力は、術者が眠りに陥り司令塔たる制御する意思を亡くしたまま、ずっと術者を眠らせることだけに費やされ、最悪の場合術者は眠りながら死んでいく。
その魔力を持つ人間特有の最悪の状態に陥りかけているリーガルーダは眠い目を擦り上げて、こんなにも強制的に圧し掛かってくるものだとは知らなかった、と感想を漏らした。
「間違えたつもりなんてなかったんですけど……、少し疲れていたのは確かだったので」
多少手元が狂ったらしい。
「しかし、人はこんな不安定な力を抱えているんですね」
「それでも、魔力の制御を完璧に体得した魔導師はもう少しマシになる」とイズリアスが口添えた。
「けれど不安定なものは不安定なのでしょう? まぁ、竜の力とて安定しているわけではありませんが」
肩を揺らすように動いたリーガルーダに、イズリアスは視線の位置を変える。注意の視点も動かせば、リーガルーダと自然に目が合わさった。
リーガルーダが気まずげに唇の端を歪めたイズリアスに傾げるように首を曲げる。
「俺が死ぬかと聞きましたよね?」
自分の中で目まぐるしく変化している魔力に抵抗し続けるリーガルーダがひどく重たそうに閉じる寸前の瞼を持ち上げた。
開かれる茶色の瞳は人間特有の濁りを帯び、意思の光を失いかけている。
「ああ」
見るからに“眠り”によって死にかけている少年にイズリアスは頷いた。
その返答で自分の状態が想像できたリーガルーダは肺から眠気を追い出せないかと大きく息を吐き出し、それが無意味な行為とわかれば顎を少しだけ持ち上げた。
つられて背も少し伸び、リーガルーダは頭を動かすのが妙に軽く、顔を動かすたびに一緒に揺れる長い髪が耳にかからないほど短くなっていたことを今更ながら思い出した。
金の髪でもなく、鳶色の瞳でもなく。
無防備に四肢を投げ出した、濁る色を纏う異国の少年。
その姿は彼の両親が残した
少年はうろんとした瞳で笑う。
自嘲に。
ふわり。と、空気が浮かんだ気配にイズリアスは過敏に反応した。
おもむろに挙げられたリーガルーダの腕が妙に気に掛かる。
何をするのか。凝視するイズリアスの目の前で、少年は持ち上げた掌を下向きから上向きへと翻して、軽く握られる指を時間をかけてゆっくりと伸ばし、伸ばし切った所でグッと握り締めた。
「――ッ」
同時に、成り行きを見守っていたイズリアスが息を詰める。
瞳孔を収縮させた驚愕の瞳に応えるようにリーガルーダはうっすらと微笑む。微笑んだまま拳を軽く捻ってから自分の方に引き寄せた。
その動作と共に、イズリアスの体が動いた。数本の糸で操られた人形のように。
リーガルーダの鈍い動きに沿って、イズリアスは体を軽く捻ねられ、引き倒された。
後頭部を強かに打ちつけて倒れたことではなく、一瞬にして束縛されたことにイズリアスは衝撃を受けていた。力の差は、種族を変えてもこんなにも歴然としていた。
少年の手の届く範囲に転がされたイズリアスは逆転した互いの立ち位置に、目元を歪ませる。
「死ぬぞ」
自分を覗き込む少年へ魔力を使うべきではないと忠告をする風竜に、陸竜として扱われているリーガルーダは顔を左右に振った。
「死にません」
呼吸を震わせる。
「それに、このままでは死ねません」
告げたリーガルーダ。
イズリアスは無意識に喘ぐ。
「やめろ」と。
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