陸の民と、空の民の守り人の契約【05】
「フリ……ではないんですけど、ね」
動揺させるようなつもりでいたわけではないとリーガルーダは弁明するが、イズリアスの瞳から鋭さは抜けない。
「フリじゃないのなら余計に悪い」
事実を受け止められるほど、空竜は強くない。
もし、真実であるのなら、世界がどう動き出すか予測できないのだから。
古代種は世界の基盤ではあるが、制御盤ではない。
イズリアスは、やはりふざけた事をぬけぬけと言い放つ男の首をどうやったら縊ることができるかと奥歯を鳴らした。もし、伝言を頼まれた身、もとい風竜の生まれでなければ、この手はこの男の首に掛かって万力を宿している。
ぎりぎりと音がしそうなまでに歪んでいく綺麗な顔を眺め、リーガルーダは苦笑いするのを止めた。力の制御こそ実力と断言し、リーガルーダを仕留める絶好の機会を己の未熟さを知って退いたイズリアスがこの現状に怒りを覚えないわけがない。
しかも、今回の事でイズリアスが陸竜一頭を殺そうとしていることが一族に露見したことだろう。空竜の眷属である彼が禁忌タブーにも等しい、ひた隠しにしていた殺意が一族中に知れ渡ってしまった。
「と、すると」
ああ。そうか、とリーガルーダは先程の受け答えを思い出した。
「風竜の長がそれだけしかイズリアスに伝言を預けたわけはないんでしょう?」
そう、まだあるはずだ。そして、そちらが重要なのだ。
「機嫌が悪かったんですよね?」
リーガルーダを見るまでは。
イズリアスは確かにそう言っていた。
「風竜は何よりも空竜が大事。それは風竜であるあなたが一番よくわかっている」
察したリーガルーダに問われ、イズリアスの眉間には更に皺が増え、深さが増した。心を寄せるという竜族特有の感情を風竜は抱きづらい。その一因が虚弱な空竜の存在があるからだと言われている。護るべき存在だと風竜達は、もはや使命に近い思いを抱え、故に他種族にも配慮している面がある。
「言われませんでしたか?」
臍を噛むイズリアスが、下手に風の長を知っているリーガルーダが彼女の言葉をそっくりそのままなぞるだろう事を察し、大変に不機嫌になるのを想像してしまい異国の少年は少しだけ笑ってしまった。瞬時に真顔になる。
「『リーガルーダを「陸竜」として扱え』と」
短いが多くの意味を孕む言葉。
一字一句間違えずに同じ事を言ったのかとこちらが驚く程、イズリアスの表情の変化は壮絶であった。
リーガルーダが瀕死だとわかって機嫌を直すようなイズリアスのことだ。族長である彼女の直々の命令でなければ、例えそれが陸竜に抱いた殺意に対し下された代償だとしても飲み込んではいなかっただろう。もしかしたらこの一瞬後には蹴っているかもしれない。
なにせイズリアスにとっては屈辱に等しいのだから。
「一族を代表して、なんとしてでもおまえを生かせというんだ」
怨嗟に低く唸った。
「何が面白くてこんな償いをしなければいけないのかわからない。そもそも罪とも思っていないから償いってのもおかしな話」
苦々しく吐き捨てるイズリアスにリーガルーダは目を細め、唇が弧を描く。
「けれど、よかった」
「ぁあ?」
「風竜の使者がイズリアス。あなたでよかったと言ったんです」
綺麗な微笑みの形に吊り上るリーガルーダの唇が語る内容に、イズリアスの片眉は持ち上がり、次いで聞こえた言葉に不愉快とばかりに顔を顰めた。
「あなたは一族の意向には決して逆らわない」
刺す釘の先よりも、突き付けた言葉は鋭く、イズリアスは押し黙ったことでそれを認める。
「でなければこの場にすら姿を現さないでしょう?」
ねぇ? と、口を閉ざした男の膨れ上がる殺気をものともせず同意を求めるリーガルーダにイズリアスは奥歯を鳴らした。
「嫌味な男だな」
「それは、お互い様。けど、本当によかった」
一度言葉を区切ったリーガルーダが、本当は、と続ける。
「正直辛かったんですよ。切り抜ける自信も無くて不安だったし」
「なにが?」
「とぼけないでください。貴方が言ったじゃないですか。言わなきゃ俺としても放って置けたことかもしれなかったのに」
眠たいんですよと訴えるリーガルーダ。イズリアスは、ああ、と返す。
「放っておいても結果は同じだ。人間であれば誰しも起こること。ましてや魔力を扱っているなら尚更だ」
人間になってしまったリーガルーダに竜の力は陸の民の末裔としての能力以外残っていない。
「あの野犬。魔術を使っただろう?」
残っているとしたら、人間でも扱える力。人が魔力と呼んでいる力くらいか。
「見てたんですか?」
野犬を追っ払ったことを暗に非難しているイズリアスに、見てるなら助けてくれてもよかったのにとむくれる。
「あれが致命的だったな」
反し、イズリアスは問題はそこじゃないと、会話の主旨を戻した。
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