陸の民と、空の民の守り人の契約【04】
指摘は呪いの裏に潜んでいた問題を暴き立て、隠したがっていたリーガルーダを驚かせるのと同時に、露見を恐れた彼をひどく怯えさせた。
聖域が放つ呪いはあくまでも聖域内に棲む者を護る為のもので、侵入者を無力化させるのが主な働きである。侵入者を見定めるその呪いは、リーガルーダみたいに力が巨大であれば影響も多大だが、人間であったり動物であるなら簡単な洗脳や暗示だけで聖域を避けてしまうので実質無害と等しい。勿論、聖域の働きで竜としての力を剥ぎ取られ人間となったリーガルーダに更なる干渉は与えられない。
呪いだけでは、死ぬようなことはない。
けれど、リーガルーダの動向を追いかけていたイズリアスは確信に、もう一度頷いた。
「ねむてーだろ? ねむたくねーか?」
聞かれたことに、リーガルーダは背を伸ばす。
属性さえ変える呪いを受けた今、リーガルーダは人と同じ、否、族性さえ変えられたのだから人間そのもの。
彼の中で人間特有のその現象は例外なく起きているはずだ。
問い詰める瞳の鋭さに、リーガルーダはなけなしの理性を持って薄く笑う。
「何故、そんな事を聞くのです?」
「と言いながら今まさに寝ようとするんだな」
切返されて閉じかけた瞼を慌てて持ち上げた、そんなリーガルーダの迂闊さにイズリアスは端正な顔を歪ませる。
ただひとり眠り続ける娘の寝息が穏やかで安寧なる至福を呼び込む。それが妙にひっかかるイズリアスはちらりと娘を見るが、すぐにリーガルーダに視線を戻した。
「俺の左目を奪った奴かと疑うぞ?」
声に雑音が混じる。
「陸の民の末裔。どうやったら風竜の呪いを受けられるんだ?」
それはもっともな疑問。
空竜の眷属である風竜の力は空竜と同位に位置する陸竜には遠く及ばないのだから。
確かに、空竜の聖域は風竜の里の中心にあるが、リーガルーダは風竜の里入口で門前払いされている。
単純な力関係の前ではこんな現象は起こらない。
リーガルーダは肺を震わせながら大きく息を吸い、吐いた。
「珍しいですね」
「なに?」
「あなたが俺に興味を持つ、なんて」
襲いくる眠気と格闘しているリーガルーダが苦笑し、イズリアスが沸き上がる不快感に鼻に皺を寄せる。
竜の気が強い室内という密閉空間にも関わらず眠り姫が異変に気づいて起き出す気配はしない。
隻眼の風竜は溢れ出してくる感情を押さえるように奥歯を軋ませた。呼吸を戦慄かせながら「勘違いするな」と唇を開く。
「俺は、代表であり、代理だ」
動いてもいないのに、風竜の長い白金の髪が揺れた。
「『陸竜リーガルーダは古代種の歴史を変えたがっているのではないか』ってもっぱらの噂だぞ」
低く囁かれたイズリアスの声に厳しいものが混じる。
風竜の彼は空竜の事情を忘れたことがない。
この世界は遥か昔に海竜が滅して久しい。
もし陸竜にまで異変があった場合、三種族の中で一番弱い空竜が世界の声を一手に引き受けられるとは思えない。
古代種が存在するからこそこの世界はこの姿を保っていられるのだ。もし、世界の安定を維持者だからといって空竜に全て任せ、結果世界が滅んでしまった責任を彼らが負うことになるのは、イズリアスはとてもじゃないが面白くない。
その起因が目の前の異国の少年の皮を被ったふざけた陸竜だと想像しただけで腸が煮えくり返りかえそうだ。
陸竜が風竜の聖域に訪れることも珍しいのに、呪いを受けたなどと聞いたことがない。風竜を始めとした空竜まで起こった事態に対して大変に混乱している。
律を持って保たれていたはずの力関係すら覆されたのではないかと思わさる現象に、皆が戸惑い陸竜が弱体化したと慌て、世界存続の危機の予兆かと慄いているのだ。
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