異国の少年と激情の娘【09】
「誰よあンたッ!」
真っ先にチェリアが反応する。
ルーダは彼女の腕を掴む手に無意識に力を入れた。
万力のように腕を締め上げていく彼に、ぎりっと目の端を吊り上げた少女は振り解けないのを承知で振り解こうと腕を激しく動かした。
小さく息を呑んだルーダを軽く睨んで、チェリアはそのまま空へと視線を転じた。
「答えなさいよっ! ……名前くらい名乗りなさいッ」
全ての音をかき消す暴風にチェリアの耳はどんな音も拾えない。
なのに、リーガルーダと指名した声ははっきりと聞き取れた。
余程向こうの声が大きいのか、なんらかの手段を用いて直接聴覚に訴えかけているかのどちらかだ。
だからチェリアは強気で挑む。
「チェリア……」
腕を引っ張られてチェリアは顎を引く。顔色の悪いルーダが訴えていた。
「なによ」
目尻を吊り上げて彼を睨む。
「……相手が誰だかわかってるんですか?」
口の動きと驚きの隠せない表情で質問の内容を察したチェリアは体の横で両手を広げた。
「わかってるわよ。あれが竜だって私でもわかるわ! そんであんたをあんな風に呼ぶからには陸竜なんでしょ!」
「違いますよ。確かに竜族です。ですが――!」
違うと断言されてチェリアは目を見開く。自分の腕を掴む彼の力は一層強くなって指の先は痺れ始めた。少女を守ろうという気持ちが痛みと共に伝わってきてチェリアの中で怒りが膨らむ。
微かな震えが伝わってきても、ただ火に油を注ぐだけ。ルーダの怯えは事情を知らない自分を馬鹿にしていると少女の神経を悪戯に逆撫でしていく。
「それは人の子か? 珍しいモノを連れ歩いている。余裕と見たぞ……」
声に、ルーダが空を睨んだ。
「誰が余裕があると言いました! 彼女はただの偶然で行動を共にしているだけです。手を出したら承知しませんよ!」
いつになく声を荒げて反抗してしまい、そんな自分の声にルーダは小さく舌打ちした。
「余程余裕なのだな。始めて聞いたぞ、陸竜が必死になった声など」
予想通り皮肉を声は返してくれる。
この様子だと自分はおろか彼女まで手を出すつもりだと、声の主を知っているルーダは奥歯を食いしばり喉の奥で呻る。
無意識に腰の辺りに手が伸びるが、望んでいた感触はない。
砂漠で落としていたことを思い出して、小さく舌打ちする。隠しを乱暴にまさぐるがこれも砂漠から飛ばされた時に全て落としたらしく何も入っていなかった。荷物もカリャーナの家に置いていて全くの丸腰であった。
身を守る術も、少女を護る術も無い。
だが、方法は有る。あるが……。
「姿くらい見せなさいよッ!」
ぎょっと目を剥いてルーダはチェリアを見た。
視線を転じさせて、同時に、自分達を襲っていた風圧がぴたりと止んだことを知る。
唇を引き結んだチェリアの、その睨む視線に添って自分もまた目を向けて、ルーダは臍を噛んだ。
燦々と降り注ぐ月明かりが作る光の紗幕。
それを頭上より受け止めて、柔らかい青草を踏みしめる、乳白色の砂漠装束を身に纏った男がそこに佇んでいた。
腰に届く長さの髪は森を吹き抜ける微風に煽られて揺れながら白金の輝きをこぼし、斜めに照らす月の明かりに白磁の肌をした顔の光陰ははっきりと浮き出され、その貌がどれほど整った造作であるかを知らしめる。
嫌味な程の造形の美しさをさらに嫌味に見せているのは軽率さを物語るように片端を大きく釣り上げさせて笑う唇だ。
嘲笑。
その笑みはルーダ、チェリアの二人に向けられていた。
チェリアは目尻を吊り上げる。
馬鹿にされるのは嫌いだ。理由はどうであれ自分を嘲弄する全ての行為がチェリアは許せない。
ルーダが腕を掴んでいなかったら、今この瞬間に五発はあの顔に叩き込んでいただろう。
「……声に出てます」
「は?」
指摘にチェリアは剣呑な声をだす。
ちらりと白金の髪の男を見遣ると、片手で口を押さえ笑いを殺そうと必死になっていた。
自覚のないらしい彼女にルーダは小さく嘆息する。
「俺が腕を掴んでいなければ五発は顔面に叩き込めたいって……歯ぎしりまでしてました」
「面白い人間をつれてるじゃねぇか、リーガルーダ」
男の笑いの含んだ声は、明らかにチェリアを挑発していた。ざらついた感触を耳に残して、男は更に不快感まで与えてくれる。
「好きで連れ歩いているわけじゃないんですけどね」
「じゃぁ、引き離してやろうか?」
「どうかお構いなく。俺が責任をもってご自宅までお送りしますので」
交わされる会話にチェリアは掴まれている腕を軽く揺すって彼の注意を自分に向けさせた。
「知り合い?」
陸竜だと決めつけた時、違うと断言したのだから知り合いなのだろうけど、聞かずにはいられない。
「ええ、知り合いです」
予想通りの答えが返ってきた。チェリアは口を開く。
「どんな関係?」
「知りたいかい? 嬢ちゃん」
答えたのは男。
ルーダを見遣れば彼は唇を引き締めて両端を歪ませている。眉間に皺を寄せて、話せないと、そういう顔をしている。
「知りたいか?」
一陣の風が吹いた。
風の力に負けて枝からちぎれ離された木の葉が夜空高く舞い上がる。
舞い落ちてくる葉の雪。
腕を掴む少年の手の震えはおさまるどころか、ますますと強くなった気がする。
「教えてやろうか?」
草音。
一歩だけ縮んだ距離。
強く、ルーダはチェリアの腕を締め上げる。
微かな震えはいよいよ強くなってこのままだと彼の怯えが自分にも伝わりそうで、チェリアは彼の腕を振り払った。
握りしめ上げられていたのに、腕はあっけなく解けた。
いきなり血流が良くなったせいか、じんじんと指先が痛い。
キッと、顎を上げて相手を睨む。
「ええ、知りたいわ」
答えると男はまた一歩、前に進んだ。
すると男の左半分が月光に照らされて露わになる。月の片鱗を反射させる金の瞳。
男を竜族とわかっている以上、白金の髪と金の目、この色の組み合わせを持つのは彼女が知っている限り風竜だけだ。
金の眼が愉快に細められる。
口元の太い笑み。
悪寒が背中を駆け上がって鳥肌が立った。
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