異国の少年と激情の娘【07】




 大陸には幾多の竜族が存在する。

 その中で陸竜と呼ばれる種は生息数も少ない珍しい種族だ。そして古代種と呼ばれている竜の三種族の中の一族でもある。

 竜族として例に漏れず人の姿に変化できる彼等は人の姿をとった場合、抜けるような金の髪と鳶色の瞳を持つと言われている。

 長い間、人間に固体名が知られている陸竜リーガルーダとは、王都セレンシアがまだシアン王国の名であり、戦争が絶えなかった時代、若干二十五歳で英雄として名をあげた後のセレンシア初代国王となる若者に心を寄せていた陸竜のことである。

 当時のシアン国王は、人も土地も武器も遙かに劣っていたのにも関わらず、敵国と密やかに手を結んでいた臣下の策略にはまり無謀にも敵国に戦争を仕掛けてしまった。

 戦況は誰もが予想した通りシアン王国は圧倒的に劣勢だった。三回仕掛けて三回とも敗走に終わっている。その戦況を一転させたのは、戦争と聞いて故郷に駆けつけてきた一人の若者と、若者についてきた一頭の陸竜だった。

 この一人と一頭の登場により奇跡としか言いようのない勝利をおさめることができたシアン王国は、若者を彼の望み通り王族として迎え入れ、国の名もシアン王国から王都セレンシアに改名し敵国を支配下にいれたという。




 有名な英雄王の片割れとして劣勢であったシアン王国をあっという間に勝利へと導いた存在を目の前にして、興奮おさまらないはずだったのに、チェリアは気まずげに口をへの字に曲げていた。

 チェリアが生まれたカミシャの村はとても小さく、同じ世代に生まれた女の子はいなかった。当然のように男の子に混じって生活してきた。よく両親から、女の子らしく、と口をすっぱくされて言われてきたが友人も男なら親友と呼べるのも男だったチェリアにとってそれは到底無理なことだった。

 そんな彼女の愛読書は大陸の歴史史。特に戦争物は捲り癖がついてもページが破れても補強修正して読み返すほど好きで好きでたまらない。もし願いが叶うなら時間を戻す力が欲しいとさえ思った時期が彼女にはある。そうすれば歴史に名を残した人物に直接会いにいけると考えていたからだ。死者には残念ながら会って話すことはできない。

 だからこそ目の前にいる少年は彼女の胸をときめかせてやまないはずだったのに、高揚していた彼女の気分は彼の一言によってあっけなく冷えてしまった。

 彼は自分の事が嫌いだという。

 衝撃的な一言だった。

 何故、と思う。英雄として称えられたのだから、それだけのことをしたのだから誇ってもいいようなものを。

 複雑な顔で自分を見上げている少女に陸竜リーガルーダと名乗った少年は落胆濃い少女の顔にハッと目を見開き、慌てて両手を振った。

「あ、あの、別に、いえ、ですから……理想像を壊してしまうのかと。ほら、俺ってこんなんだし。想像をぶち壊してしまいましたか? 竜族なのに威厳の欠片も無いですし、畏怖を与えるなんて全然。しかも、俺より一つ位の低いはずの風竜の呪いには簡単にかかって姿まで変わってしまいましたし」

 自分で言っててルーダは、その情けなさに口ごもった。

 陸竜特有の抜けるような金の髪と鳶色の瞳ではなく、濁る色を持つ異国の少年。

 一人落ち込んでその場にしゃがみ込んだ少年に、チェリアはぱちくりと目を瞬かせる。

「なんか、あんた本当に竜族?」

「ほっといてください」

 謙虚通り越して卑屈だし、とても人間くさい。今のいじけている姿なんて年相応の男の子そのものである。

 突っ込まれてルーダは曲げていた膝を伸ばした。そんなこと言われなくてもわかっていると前髪を掻き上げて威厳を回復させようと密やかに努力したが、第一印象が第一印象なのであまり意味が無いことをルーダは気づいていない。

「俺は人間社会の中で育ってきましたからね」

 言い訳のように呟いた彼にチェリアは聞き返す。

「竜族が?」

 ルーダは頷いた。

「時々あるみたいです。親竜が自分の子供の体に変化の術を施してから人に託すんですよ。

 俺はその一例で自分が竜族だという自覚が芽生えるまで、ずっと人間だと思っていましたから……だから威厳が無くて人間くさいって言われるのでしょうね、きっと。

 正直今もあまり自分が陸竜――古代種である事に自覚が無いというか、ピンと来ないというか……」

「そんなことってあるの?」

 竜が自分の仔を人間の姿にして、人間に託すなんて。

 信じられないと目を瞠るチェリアにルーダは人差し指を立てて小さく左右に振った。

「だからあるって言ってるじゃないですか。証拠は俺です。まぁ、知られざる竜の実態というところでしょうか」

 飄々とした顔で軽く片目を瞑るとルーダは戯けに肩を竦めてみせる。

 彼の言葉をまともに受ければ、竜族は人の姿をとってさり気なく社会に溶け込んでいるのだ。ルーダが人間だと思いこんでいたということは、逆にいえば彼は人間で竜族として人の目には映らなかったということでもある。それだけ竜が施す術は完璧なのだ。

 まさか、大陸にいるほとんどの人間は自分が竜であることを知らない竜族かもしれない。と思い巡らせたチェリアに、彼は軽く苦笑を漏らした。

「稀にあると言うだけですよ。竜族の生息数は人に対して少ないことにかわりはありません」

 ルーダは一度区切る。

「ちなみにチェリア? 君は人間ですよ。竜族は種族が違っても互いに感応しあいますから。俺は君に対して君が竜族だとは感じませんでしたし」

 この手の話は必ず聞き返されていたのだろう。元からあった文を目で追うようにルーダは滑らかに付け足した。

 先回りされた疑問の解答にチェリアは落胆を覚える。

 もしかしたら自分が人に託された竜の仔かもしれないと思ったからだ。

「まぁ、だから戦争に加担できたんでしょうね。今からしたら良い思い出かもしれません」

 皮肉に自嘲した。温和な陸竜は争いを好まない。他の同族から見ればかなり馬鹿げたことに自分は当然のように参加していたからだ。その争いのさなかでルーダは陸竜として覚醒できたのだから皮肉でしかない。

「良い思い出かぁ。そうだよねぇ、戦争なんて滅多にないし」

 ぼやいた少女にルーダは複雑な笑みを返した。

 辺境では情報は正しく伝わりにくい。この広すぎる大陸にはまだ小さな事でいがみ合っている国は多くある。国でなくても民族や宗教関係。そして、種族間でも。つい数日前王都にいたルーダは近々西の方で武器が持ち出されるという噂を聞いている。

「さてと、風も冷たくなってきましたし……眠れそうですか?」

 言われて、少女は一段と冷え込んだ風に気がついた。

「そうね、寒くなってきたし、あんたは寝るの?」

 こんな寒い中で。

 当然とした顔で聞かれて、ルーダは肩を転けさせる所だった。

「話、聞いてました?」

「あ、そうだったそうだった。竜族だったんだよね? ならだいじょーぶか。聞いたあたしが馬鹿みたい」

 納得して半眼になるチェリア。

 そんな彼女にくすりとルーダは笑う。

「いえ、気遣って有り難うございます。俺も寒いんですけどね、カリャーナさんの家って一人住めれば良いという作りになってますから俺がいると狭すぎて逆に寝られませんから」

 その意味で話を聞いていたのかとルーダは言ったのだ。

 チェリアは意外と目を瞬かせた。

「竜でも寒さって感じるの?」

「化け物みたいに言わないで下さいよ。個体の差でまちまちですけど寒暖は感じます。竜の姿なら平気という場合も人の姿だと苦手になる場合も多々あります」

「へぇ……そうなんだ」

 彼女が竜族にたいしてどんな想像を抱いているのか今の会話で容易に予想でき、ルーダは小さく苦笑した。

「しかし、竜族は大陸最強種族である」

「そう、それっ!」

 付け足した彼にチェリアは顔を輝かせて、相槌を打つ。たまには良いことを言うじゃないと言わんばかりに拍手まで付けて。

 チェリアの頷きに怒るに怒れないといった顔で笑うルーダは彼女に気づかれないように小さく肩を竦めて、ふと空を仰いだ。

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