異国の少年と激情の娘【04】




「そんなことが……」

 チェリアの話を全て聞いたルーダは小さく呻いた。

「山に登る途中のあいつの悪口なんて今思い出しても腹が立つわ」

 横ではチェリアがギリギリと悔しさに歯を鳴らしている。

 ちらり、とそんな彼女に視線を流してルーダは小さく頷いた。

「何?」

 腕を差し伸べたルーダにチェリアは訝しみの声を発する。

「来てください。もしかしたら知り合いの頼まれごとに関することかもしれませんから」

「どういうこと?」

 こちらの手を取らず警戒に身を強張らせた彼女の腕を掴んで、ルーダは一歩を踏み出す。

「もう少し行けば家があります。そこに着いたら出来る範囲ですが、説明しますよ」

 ルーダは知らず知らずのうちにチェリアの腕を掴んでいる手に力を入れていた。痛い、と彼女が訴えるまで気づかずにいる程に焦っていた。

 そんなに強引にしなくとも着いていくわとチェリアがルーダを促す。

 道ならぬ道、獣道とも呼べない道をふたりは歩きだした。

 先頭を歩いているルーダのおかげで彼が作る道を後から追っている形のチェリアは、手首を締め上げる彼の力に耐えながら一向に変わり映えのしない光景に閉口し、不安よりも不信を募らせていく。

 ルーダは道に迷ったと言っていたのに先導する足取りは迷いなど一切無い。

 立ち止まって道を確認する事もない。通い慣れた道のように歩き進んでいく。

 時間が経つにつれてチェリアの口数は少なくなっていった。ルーダはもとより無言のままである。

 一時間強の休み無しの強行軍にチェリアが根を上げそうになった頃、ルーダの足が止まった。

 一定の速度を保って歩いていたルーダの突然の停止に気づかなかったチェリアは危うく彼の背中に激突しそうになる。

「どうしたのよ」

 非難する彼女に彼は顔だけ振り向いた。

「着きましたよ」

 言うだけ言って、また歩き出した。

「え、ちょっとぉ!」

 慌ててその後を追う。少しだけ離れた距離を縮めつつ爪先立って背伸びをしたチェリアは彼の向かう先にある巨木に小さな声を上げた。

 樹齢何年なのだろうか。最低でも樹齢三桁はあるだろう巨木、否、巨木とも言えないほど大きな大きな木がどの緑よりも彼女の視界を支配し静かに聳え立っていた。

 あんぐりと口を開けて腕を伸ばす巨樹を見上げる。

「家一軒は入りそうだわ」

 そう考えていた少女にタイミングをあわせるかのように、足を止めたルーダは木の根本あたりの当然とばかりに存在している木の扉を軽くノックした。

「扉ッ!」

 ノック音に彼の手元を覗き込もうとしたチェリアはお伽噺にしか登場しないだろう、木をまるまる使った“木の家”に絶句する。

 人が住んでいるのか。

 いや、その前に住めるのだろうか。

「いいよ、鍵はついてないからねぇ」

 疑問に思っていたら中から答えが返ってきたではないか。

「どうし……ッ」

 つんつんと服の裾を引っ張られてどうしたのだろうかと少女に振り返ったルーダは、チェリアの表情に声を失った。

 どう表現したらいいだろうか、この何とも言えない複雑な表情を。家に帰って扉を開けたら家中に虫が大量発生したのを目撃したような顔をしている。

 見るからに、頭の中真っ白になっている事が容易に想像出来た。

 ルーダは苦笑する。

 仕方のない事かもしれない。こんな山の中にこんな家があって、しかも誰かが棲んでいる。馬鹿みたいな話だった。

 軽く彼女の肩を叩いて正気づかせてからルーダはお邪魔しますと扉を開く。

「おやおや、彼女連れなんて珍しいねぇ……」

 落ち葉を敷き詰めた室内に足を踏み入れようとして、かけられた言葉にルーダは困惑の笑みを浮かべた。衝撃が抜け切ってないチェリアも入るように勧める。

「俺が此処に来る方が珍しいと思いませんか?」

 中央に木のテーブルに木の椅子。扉と反対側の壁に申し訳程度の丸い窓。その窓に向かって左手に食器類を詰めた戸棚。右手に薬草や薬液の入った小瓶を飾るように入れた本棚。勿論その本棚には使い込まれてボロボロになった本もしまわれている。台所が無いのが気になるが、第一印象はまるっきりのお伽噺の世界だった。

 ルーダは木の椅子に座っているフードを目深く被った人物――声からして老婆だろう――に逆に問い返した。

 問われて老婆は軽く考える素振りを見せてから「ひっひっひ」と笑い声を漏らした。

「カリャーナさん、怯えてますよ。その魔女紛いの笑い方なんとかならないんですか?」

 びっくぅっと両肩が跳ねたチェリアを慌てて宥めすかしてルーダは声を上げる。

 カリャーナはそんな非難を意に介す気も無いのかもう暫く「ひっひっひ」と笑ってからいきなり沈黙した。

 部屋の中の空気は、木をくり抜いて作られたせいかやや湿り気を帯びて生暖かい。

 鼻をつく薬品の匂いは木の香りを残念ながら消していた。その上、ぶかぶかの法衣に目深に被ったフード。

 そして、この沈黙。

 ルーダの口振りから魔女では無いのだろうが、魔女と言っても差し支えない目の前の人物に、すっかり調子を崩されて怯えることしか出来ないチェリアだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る