異国の少年と激情の娘【03】
実際彼の直感は当たっていた。
チェリアはとにかくどうしても気になる二つの事が知りたいのである。
「嵐というのは自然現象の一つです。暴風と集中豪雨で地上に被害を与えていきます。大樹を根こそぎ倒したり、洪水を起こしたり、家屋を破壊したり、作物を駄目にしてしまったりします」
上手く伝わったのだろうか。不安になるルーダに対して、チェリアはふぅんと納得に小さく鼻を鳴らしただけだった。
しばらく、よく分からない方向を眺めてから、すっと視線を横に流してルーダの茶色の瞳に自分の薄水色の瞳を重ね、視線を絡み合わせる。
「そしてもう一つ。山中で迷子になっているくせになんでこの山がギレン山でどうして王都の場所がわかるわけ? それって迷うってのには入らないわ」
薄水色の瞳の奥で小さな光が閃いた。
微かに表情をひきつらせたルーダにチェリアは目の下に皺を刻む。
「答えなさい」
なぜ命令口調なのだろうか。
疑問がわくが、受けた鈍い衝撃をなんとか無理矢理押さえつけて平静を取り戻すことのできたルーダは、へなっと笑う。笑ったと思った瞬間、その笑みが消えた。
「知ってどうするつもりですか?」
「へ?」
ルーダの視線は射るほどにも強い。
「君と俺とはなんの接点も無いし、関係も無い。俺の事情を知って君はどうしようというのです? それに俺みたいな奴だったから良かったものの、山賊だったらどうなっていたか」
「山賊?」
小首を傾げておうむ返しに問うた少女にルーダの気勢が削がれた。きつかった表情がきょとんと間抜けなものにとって変わる。
「知らないんですか?」
「うん。物語の中だけ」
「失礼ですが、お生まれは?」
「ギレン山……この山の麓にあるカミシャの村よ」
「辺境、ですね」
「なに、田舎者って言いたいの?」
王都よりも大陸中央であるここら一帯はサルデリア山脈がそびえ立つ為、嵐などの自然的脅威がとても少ないと聞く。嵐を知らなくてもわかる。
そのうえ、地形の関係から迷いやすく、交通の便が悪いのと、金鉱や宝石などの特産も無い。美味しくない土地だから街道を歩く人は商人は少なく、山賊稼業をしている連中にとっての旨味もなく自然と足は遠のくのだろう。
山賊も知らないのは当然かもしれない。
ルーダは知らず肩を竦めて、溜息を吐いた。
「山賊も知らないのではこの手の脅しは使えませんね」
呟きにチェリアはぴくりと反応した。
「脅そうとしてたワケ?」
「当たり前ですよ」
怯えることなく平然と答えたルーダにチェリアは目を瞬かせた。
「どうして?」
聞き返して、チェリアは小さく息を呑む。
ルーダの茶色の瞳の奥で黄色い炎が揺らめいた気がしたからだ。
それは、人が宿す瞳の色ではない。
「――だから、知ってどうするんです?」
呆れた声を出すルーダにチェリアは何度も瞬きを繰り返した。先程の揺らめきは影も形も無い。
さっきの炎は錯覚だったのだろうか。
じぃっと、穴が開くなら開いてしまえの少女の凝視に、ひくりと片頬を引きつらせたルーダは手首を回転させて腕に荷袋の紐を巻き付かせると急いで立ち上がった。
「どこ行くの?」
素朴な疑問に首を傾げたチェリアは立ち上がった為に露わになった少年の身長に内心ぎょっとする。腰が低い相手の対応に勝手に自分より年下だと思いこんでいたようだ。
少年は自分より頭一つ分背が高い。歳も二つか三つ上だろう。
衣服に付いた埃や葉っぱを軽く叩いて払い落としながらルーダは困惑の顔をチェリアに向ける。
「どこって……。じゃぁ、交換条件にしましょう。君が何故こんな所に居るのか。それを教えてくれたら俺もどこに行こうとしているのか教えます」
教える必要は無い。と、にべもなく言い放たないあたり、いい人かもしれないとチェリアは思った。
なぜここに居るのか。
彼の質問はチェリアが別に隠す必要のないことだ。しぶる仕草を忘れなかったのはただの悪戯心である。
「あのね、あたしの村が一昨日まで豪風と暴雨に見舞われて……家も作物も、人も……とんでもない被害を受けたのよ……――」
そうしてチェリアは自分が人柱にされるまでの過程をゆっくりと話し始めた。
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