異国の少年と激情の娘【02】
「なんであんたが此処で寝ている理由を私が考えないといけないのよッ!」
「痛い」
「叩いたから当たり前よ。なに言ってンのよ?」
見るからに顔立ちすら違ういかにも異国の人間ですよと言わんばかりの珍しい錆色が差し色に入る茶髪の少年を見下ろして、少女は「ふん」と鼻を鳴らした。
両腕を組み見下ろしてくる少女に、少年もゆるゆると時間をかけて目を見開く。
「……えと?」
状況が把握できずに目をまんまるにした少年の様子に少女は組んだ腕をといた。
「情けない顔」
「結構言いますね? 初対面でしょう?」
半眼になった少年の目の前で少女は人差し指を、ぴっと、一本立てた。自分の胸を指差す。
「あたしはチェリア。あんたは?」
「え……リ――ッ」
ついつられたという感じで名乗り返そうとして少年は、ハッとして慌てて自分の口を押さえた。少女の眉間に一本、訝しみの皺が生まれる。
「リ?」
「いえ、 ……ルーダ。ルーダって呼んでください」
「ルゥーダァーァア?」
思いっきり不審そうな表情と声音に、少年――ルーダは困惑の表情を浮かべる。
「嘘は言っていません」
「さっき言いかけたのはなんだったの?」
「そ、それは……」
言い淀む少年に苛立ちを覚えた少女は短く息を吐き捨てた。
「人間ってね、言い直すってのは、言い直す前の言葉が本音だからなのよ? で、なんつー名前」
「えと。 ……えーと。ルーダも一応は俺の名前なんですけど?」
それじゃ駄目ですか?
首を傾げて聞くが少年は既に諦めの心境だった。
何が何でも名前を聞き出してやるぞの少女の視線に根負けしている。
その表情があまりに哀れだったのだろう。彼女は天を仰いでから肩を竦めた。
「まぁ、いいわ。名前以外にも聞きたいことは山ほどあるし。ルーダだっけ? 王都セレンシアの守護竜リーガルーダの名前を親に貰ったなんて随分縁起がいいじゃない」
どうやって山から下りようかなと獣道しか見当たらない周囲を見回すチェリアにルーダは二度、その茶の瞳を瞬かせた。
さっきは突然の事でただ驚くばかりだったがこうやって冷静に見てみれば少女は人目を引く綺麗な顔立ちをしている。あと三、四年すれば誰もが振り返る美女になる可能性もあるほどに。ただし、性格のせいもあるだろうが、美少女という褒め言葉は似合わないようにルーダは感じた。
ただ気になるのは顔の割に服装が合っていない事だ。
むしろ無理矢理着せられたようにも感じられる。彼女の言動からこんなひらひらとふわふわとした見目だけに重点を置いた着飾るような衣服を身に纏うのかと疑問を抱くし、実際に着こなしきれずに浮いた印象をルーダに与えていた。
日の光を受けると金色に輝く薄茶色の髪は丹念に櫛づけられて結わえられ、色とりどりの飾り紐で結われ纏められ、顔も良く見れば薄化粧をしていた。
飾り立てられた。そんな印象を受ける。
「君は何故こんな山の中にいるんです?」
質問に少女は弾けるように木々から少年へと視線を転じた。
「綺麗な服を着て、丹念に清められて、どうして山の中にいるんですか? この山は麓にある村の人達でさえなかなか入ってこようとはしない所なんですよ?」
疑問が湧き立つ。
此処一帯は木竜の聖域が近い為、不可侵の結界の影響が強く出ている。
無意識下に忍び込んでくる踏み入れるなという警告に自然とその足は遠退くのだ。
人の営みが近くても未開の地は侵されることなく守られる。
人がこの山にいるのは珍しいを通り越して変である。
更に何かを言おうとしてルーダは口を開いたが漏れ出たのは「ひっ」という小さな悲鳴だった。
「じゃぁ、聞くけどぉ、あんたはなんでこんな所で、寝てるわけぇ?」
背中に怒りオーラを背負って両腕を組んだチェリアは、少女らしからぬドスの効いた低い声で逆に問いかけてきた。
その薄水色の瞳は怒りに満ち満ちている。
自分に向けられた怒りではないことは直感的に感じたが非常に怖い。恐ろしく怖い。綺麗に結い上げた髪の毛の先が逆立って見えるのはただの目の錯覚だろうか。
チェリアは両唇の端を持ち上げる。
「すやすやすやすやすやと平和そうな顔して寝ていたじゃない。あんたが言っていた滅多に人が入らない山の中で」
さぁ、喋ろ。さっさと喋ろ。喋らないのならどんな手で喋らせてやろうか。
目は口ほどにものを言うというが、こうまで露骨に悪意を含みに含んだものを見せつけられてルーダの性格上、観念するしかほか無い。押しに弱い男というのはなんと情けないことか。
チェリアに眠りを妨げられた時点で互いの立場は決まってしまっていたのかもしれない。
思わずルーダはそう思ってしまった。
一度肩を竦めてからその場に座り直す。立ったままの少女を見上げて、彼女に悟られないように言葉を選んで口を開く。
「俺達が今いるのはギレン山だということは君も知ってますよね?」
話す気になったルーダにチェリアは無言で頷くと、ルーダの正面に座り込んで聞く体勢になる。服のデザインの関係だろう。座ることで見えた少女の脚にはできたばかり傷がいくつかあった。
山を登るという靴ではない。
彼は胸中で呟いた。その足での山道はそうとうきつかっただろうにと。
「このギレン山の向こうにサルデリア山脈があってその向こうに王都セレンシアがあるんです。俺はこのセレンシアから来ました」
一呼吸を挟む。
「セレンシアはご存知でしょう?」
王都セレンシアの守護竜リーガルーダ。ついさっきの自分の会話を思い出してチェリアは頷く。
「うん、知ってる。あたしは行ったこと無いけど。あたしの村も確かセレンシア国領でしょ? そのセレンシアとあんたとどういう関係?」
「え……と、関係という関係は無いんですけど、ちょっとした知り合いがセレンシアにいて、頼み事を頼まれてここまで来たんですけど……嵐に遭って道を間違えたらしく……」
「迷子になったと?」
言葉尻を奪って聞き返したチェリアにルーダは何故か脱力を味わった。
「ええそうです。だからといって引き返すにも道がわからないので帰るに帰れず、山を彷徨って……疲れたから寝ていたんです」
経緯を話し終えてルーダは恐る恐るチェリアの表情を伺う。
チェリアは考え込んでいた。出会って十数分、初めて見せる真剣な表情だ。
ふと、ルーダは思った。わざと主旨を誤魔化したが、もう少しくわしく話した方がいいだろうか。逡巡する彼の目の前にチェリアは、ぴっと人差し指を立てる。
きょとんとしたルーダに、彼女はさらに中指を立てた。
「聞きたいことが二つ。一つは、『嵐』って何? んー、違うわね。言葉では知っているしどういうものかは本で読んだことがあるわ。ただ、実際に経験したことがないの。あんたはある?」
聞いても良い? などの前置きをしないあたり無理矢理にでも聞きだそうと少女は考えているのかも知れない。
彼は青くなる。
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