異国の少年と激情の娘 ―― 支配樹の眠り
保坂紫子
異国の少年と激情の娘
異国の少年と激情の娘【01】
異国の少年と激情の娘
「もっと、おはなしがききたいな?」
おねだりの声に、掛け布の上を撫でていた青年の手が止まった。
五歳にも満たない女の子がそのつぶらな青い目を爛々と輝かせている。ベッドに横にさせてから一時間近くも経っているというのに眠る気配は一向にない。
せがまれて話した物語に逆に興奮してしまったのだろうか。思案し、幼子の金の髪を撫でつける。
「どんなお話がいいですか?」
質問に女の子は少しだけ難しそうな顔をして考え込み、数秒後にパッと顔を輝かせた。
「このまえにはなしてくれた、せきがんのどらごんのやつ」
了解しました、と青年が小さく頷き、顔を輝かせる子供の頬をやんわりと撫でた。
「始まりは遠い昔。と言ってもそんなに昔ではないんですけど……」
耳に心地よい声で青年が静かに語りだす。
「不作に見舞われた村がありました。せっかく育てた大麦や小麦、野菜に果物がみんな駄目になってしまったのです。不作、というのはどこの村にもあります。ただ……嵐が村を襲ったんです」
「あらし?」
「はい。村は『嵐』とは無縁でしたから、それはとても恐ろしいものだったのです」
頭上にハテナのマークを浮かべる幼子に青年は頷いてみせた。
「貴女は私のお話を聞いてくださってますよね?」
「うん」
「だからたくさんの言葉を知っています。『嵐』という言葉も勿論知っていますよね?」
「うん。かぜがびゅーびゅーってすごいんだよねぇ?」
「ええ、そうです。小さな貴女でも嵐を体験し知っています。でも、その村の人たちは本当の意味での『嵐』を知らないんです」
青年は無意識に瞼を伏せた。
心配そうに見上げてくる視線を感じて、急いで目を開けて安心させるように微笑んで見せる。
「一晩で、やっと収穫できそうだった作物も、道具をしまう小屋も、果ては家さえも。それは、恐怖でしょう。『嵐』を知らない村人達は恐れました。
災いだ。悪魔の仕業だ。いやいや、誰かが神を怒らせたのだ。
と。勿論ただの自然現象です。しかし、数百年ぶりに訪れた自然の猛威に村人達は完全に怯えてしまいました」
子はきょとんと自分を見上げている。
何か言いたそうにしているが、話の腰を折りたくないからそれを我慢しているようにも見えた。
「どうぞ」
促すと、女の子は大きく一つ頷く。
「んー、とね。んー、とねぇ。わたしこのおはなしのさいごはしってるんだけど……ひとばしらって、なんだろうなって」
突然の質問に一瞬答えようかどうか迷った。
年齢的に教えていい題材だろうかと、そう思ったからだ。
軽く息を止め暫く幼子の顔を見下ろし、子の額にかかる髪を指の腹で払ってやりながら、息を止めて真ん丸に開かれている青い双眼を青年は細く眇めた目で覗く。
「『人柱』というのは人の柱って書くんです。文字通り柱に人を括り付けて供物……贈り物にするんです」
「かみさまに?」
「場合によっては悪魔にも」
幼子は首を傾げた。
「でも、おねえさんはかみさまへのおりものじゃなかったの?」
「そう……ですね。でも、神様でも悪魔でもどちらでも良かったんです。この『嵐』から逃れることができれば、この自然の脅威を退くことができるならと、差し出されたものですからねぇ。人は時として残酷です」
一過性の嵐が与えた恐怖は凄まじく、不安を拭うことができなかったのだろう。
青年は緩やかに瞼を伏せる。内に秘める想いは願いに近かった。無言の催促を感じて慌てて瞼を持ち上げる。
「村人達は集まって話し合いをして、一つの結論を出したのです。人柱を立てる事を決めてしまったのです。選ばれたのは村で一番の器量良し……つまり、美人さんです。見目麗しくと好まれるように。一番高い山の頂上に柱を立てて娘を括り付けました。しかし、」
「おねえさん、はしらをこわしちゃったんだよね?」
「ええ、そうです。娘は村一番の器量よしであり、村一番の問題児として有名だったんです。命の危険より自分が運ばれる途中での一人の青年の言葉が許せなくて――腹を立てて、柱に括り付けられたまま大暴れしてしまったんです。まぁ、結果、柱から抜け出せる事ができたんですけどね」
「で、おとこのことであうの」
「山を下りる途中に、ですよ。
獣道の入り組んだ山の中でしたからね。帰り道を見失った村娘は彷徨っているうちに大樹の根本ですやすやと眠る少年を発見することになったんです。なんでこんな所にこんな奴が居て、こんなに安心しきって眠っているのか。不思議で仕方なかったんでしょうね。村娘は暫くじっと少年を見下ろして……」
自嘲に近い苦笑を青年は漏らす。
幼子に掛け布をかけ直して、その布の上を軽くあやすように撫でた。
「考えている内に腹を立てたんでしょうね、いきなり少年の頭をはたいたんです。
……ストレスが溜まっていたんでしょうね、きっと。叩かれた少年は突然の事に驚いて、それこそ飛び上がらんばかりに驚いたんですよ」
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