第4話

次の日の午後10時。

今度こそ、眞邊 颯音が塾にやって来た。

そして今度こそ、本物の彼に私は話しかけた。


「こんばんは。」

「こんばんはー。」

気怠そうに挨拶をする彼を見て、やはり見た目は生くんに似ているなと思う。

顔がとても似ているのにプラスして、颯音くんは以前会った時と比べて髪が短くなっている。その髪型が、生くんとそっくりだ。

だが、性格は生くんと似ていないのだなと思う。

生くんは、人見知りで礼儀正しそうな話し方だった。だが颯音くんは、特に人見知りも無く、初対面の時から私に馴れ馴れしかった。

「今日はこのプリントからやれば良いっスか?」

颯音くんが私に聞いた。

「うん。先ずプリントに名前を書いて───」

「もう書きました。」

見ると、既にプリントの名前の欄が埋まっていた。


眞邊 颯音。


良い響だな、と何となく感じた。

「颯音くんって、音楽やってたりする?」

何気なくそう聞くと、颯音くんは目をぱちくりさせて驚いた表情を見せた。

「ドラムやってます!え、何で分かるんスか!?」

まるで心を読まれてしまったかのように驚いている颯音くんだが、それほど凄い技を使ったわけではない。

「名前に “音” って入ってるから。なんとなく、音楽好きなのかなって思って。」

「あー、そうっスよね。音って入ってますもんね。」

「良い名前だよね。」

「そうっスか?親が音楽好きで、昔、嫌々ピアノやらされてましたー。」

「そうなの?ピアノやってたんだ!実は先生も昔ピアノやってて。」

習い事はいくつも掛け持ちしていた。

その時は友達と遊ぶ時間が減ってしまって、こんな自分は不幸だと思っていたけれど、色んな習い事をやっていた分、こうやって生徒と接点を持てることも多い。

「え!先生もピアノやってたんスか!?」

「そうだよ。意外だった?3歳から二十歳くらいまでずっと。」

「へえー。…しい…。」

颯音くんが何かを呟いた。

「えっ?何か言った?」

「あ…いや、その…。お、同じ習い事やってて、その…、嬉しいっス…。」

「何それ。あはは。」

こちらをからかってくるような、やんちゃな男の子だと思っていたら、不意に可愛いことを言われて、そのギャップに思わず笑ってしまった。



✱ ✱ ✱



その日の授業が終わり、颯音くんに宿題を出し終わった後、私は、今日の授業の初めから気になっていたことを颯音くんに尋ねた。

「颯音くん、髪切った?」

些細な変化に気がつくことも、生徒との信頼関係を築く為の第一歩だと思い、そう尋ねた。

気がついてくれたのだと喜んでもらえたら───

「今更っスか?」

な、ナメてる…。これは完全に私のことをナメている…。

「い、いや、最初から気づいてたよ気づいてたけど、ほら、違ったら失礼じゃん?」

「いーっスよ別に。髪型に気づかなくても、先生は僕が音楽やってること見抜いたんで。」

「え、え…?それは、どういう───」

「颯音ー!終わった!?」

颯音くんと話していると、帰る支度の終わった和葉くんが、傍に来た。

「今終わったー。」

2人は一緒に塾に来て、一緒に帰っているようだ。

塾長から聞いた話だと、行きは颯音くんの母親に、帰りは和葉くんの母親に車で送り迎えをしてもらっているようだ。

「やっぱり2人、友達じゃん。」

私がそう言うと、颯音くんがニコニコと笑った。

「友達に決まってるじゃないっスかー。先生、まさか他人っていうの信じたんスか〜?」

「し、信じてはないけど…!」

私が反論すると、今度は和葉くんが口を開いた。

「まあ、俺はコイツのこと嫌いっスけどね〜!」

「えー、ちょっと、和葉酷いー。」

そんな冗談を言い合えるくらい仲が良いということだ。

「2人は昔からずっと仲が良いの?」

「昔ってか〜、颯音、コイツ途中から転校して来たんスよ!」

「えっ、そうなの?」

「はい。僕、小5の時に転校してきて。」

何か複雑な家の事情があるかもしれない。…離婚とか…。

颯音くんと話す時は、できるだけ両親の話をしないように気をつけておこう。

「先生、颯音が転校してきたとき、コイツ初めの自己紹介で何て言ったと思いますー!?」

「あー、ちょっと、和葉!それは───!」

必死に和葉くんの口を止めようとする颯音くんを見て、内容が知りたくなった。

「え?何?気になる!」

「コイツ───」

「もー、和葉ー!それは違うんだってー!」

そんな颯音くんの発言もお構い無しに、和葉くんは続ける。

「コイツ、みんなの前に立った後の第一声が、『あんまりジロジロ見ないでください。』ですよ!」

「ぷっ。」

思わず吹き出してしまった。

でも、颯音くんの性格なら、そんなことも言いそうだなと思った。

「違うんスよ!先生!本当に皆んながジロジロ見てくるから───!」

颯音くんも反論を聞かず、和葉くんは口を止めなかった。

「クラス中がドン引きしてー、案の定休み時間になっても誰も颯音に声掛けなくてー、一人ぼっちで可哀想だったんで、俺が声掛けて友達になってやったんスよー!」

「へぇ。優しい。」

普通、小学生の転校生というのは、休み時間に囲まれて、質問攻めになるというのがセオリーな気もするが、確かに、第一声が『あんまりジロジロ見ないでください。』だったら、怖い人かと思って、皆んな近づかないだろう。

「もー!和葉ー!もー、本当にこれは違くてー、」

「颯音!言い訳はいらねーよ!」

「でも───」

「はいはい、もう帰るぞ!…ってことで、先生、ありがとうございました!」

「はーい。」

和葉くんは、くるりと私に背中を向けた。

「ちょっと、和葉待って!…あ、先生、ありがとうございました。」

「はーい。さようならー。」

「早く行くぞ!生!!」

「生じゃない!髪型似てるけど!」

そんなことを言いながら、2人は帰っていった。

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見つからない探し物 葉瀬紫音 @HaseShion

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